・・・ いつか自分の手指の爪の発育が目立って悪くなり不整になって、たとえば左の無名指の爪が矢筈形に延びたりするので、どうもおかしいと思っていたら、そのころから胃潰瘍にかかって絶えず軽微な内出血があるのを少しも知らずにいたのであった。 有機・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・その席でペンクは、本日某無名氏よりシャックルトン氏の探険費として何万マルクとかの寄附があったと吹聴した。その無名氏なるものがカイザー・ウィルヘルム二世であることが誰にも想像されるようにペンク一流の婉曲なる修辞法を用いて一座の興味を煽り立てた・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・ もっともモーパサンのは標題の示すごとく、逗留二十五日間の印象記という種類に属すべきもので、プレヴォーのは滞在ちゅうの女客にあてたなまめかしい男の文だから、双方とも無名氏の文字それ自身が興味の眼目である。自分の経験もやはりふとした場所で・・・ 夏目漱石 「手紙」
出典:青空文庫