・・・この一枚の仕切をがらりと開けさえすれば、隣室で何をしているかはたやすく分るけれども、他人に対してそれほどの無礼をあえてするほど大事な音でないのは無論である。折から暑さに向う時節であったから縁側は常に明け放したままであった。縁側は固より棟いっ・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・「いやこれは御無礼……何を話す積りであった。おおそれだ、その酒の湧く、金の土に交る海の向での」とシワルドはウィリアムを覗き込む。「主が女に可愛がられたと云うのか」「ワハハハ女にも数多近付はあるが、それじゃない。ボーシイルの会を見たと・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・いや、御無礼」 列車は、食堂車を中に挟んで、二等と三等とに振り分けられていた。 彼は食堂車の次の三等車に入った。都合の良い事には、三等車は、やけに混雑していた。それは、網棚にでも上りたいほど、乗り込んでいた。 その時はもう、彼の・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・何に関することにして、例えば支那主義の眼を以て見れば、西洋諸国の貴女紳士が共に談じ共に笑い、同所に浴こそせざれ同席同食、物を授受するに手より手にするのみか、其手を握るを以て礼とするが如き、男女別なし、無礼の野民と言う可きなれども、扨その内実・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・もし然らずして教師みずから放蕩無頼を事とすることあらば、塾風たちまち破壊し、世間の軽侮をとること必せり。その責大にして、その罰重しというべし。私塾の得、一なり。一、私塾にて俗吏を用いず。金穀の会計より掃除・取次にいたるまで、生徒、読書の・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・また東京にて花柳に戯れ遊冶にふけり、放蕩無頼の極に達する者は、古来東京に生れたる者に少なくして、必ず田舎漢に多し。しかも田舎にて昔なれば藩士の律儀なる者か、今なれば豪家の秘蔵息子にして、生来浮世の空気に触るること少なき者に限るが如し。これら・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・蓋し男女交際法の尚お未熟なる時代には、両性の間、単に肉交あるを知て情交あるを知らず、例えば今の浮世男子が芸妓などを弄ぶが如き、自から男女の交際とは言いながら、其調子の極めて卑陋にして醜猥無礼なるは、気品高き情交の区域を去ること遠し。仮令い直・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・まだ無礼な事申しちょるか。恐れ入りました。見受ける処がよほど酩酊のようじゃが内には女房も待っちょるだろうから早う帰ってはどじゃろうかい。有り難うございます。………世の中に何が有難いッてお廻りさん位有難い者はないよ。こんな寒い晩でも何でもチャ・・・ 正岡子規 「煩悶」
・・・「何を云うか。無礼者。」「何が無礼だ。もう九本切るだけは、とうに山主の藤助に酒を買ってあるんだ。」「そんならおれにはなぜ買わんか。」「買ういわれがない。」「いやある、沢山ある。」「ない。」 画かきが顔をしかめて手・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・これが無礼と見られ遂に権兵衛は縛り首にされ、一族は山崎の屋敷で悲惨な最期をとげてしまった。 武家時代の社会で君臣という動かしがたい社会の枠の中に、このようになまなまと恐ろしい人間性格の相剋が現実すること、そして、その相剋する力がその枠を・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
出典:青空文庫