・・・ことに、板倉本家は、乃祖板倉四郎左衛門勝重以来、未嘗、瑕瑾を受けた事のない名家である。二代又左衛門重宗が、父の跡をうけて、所司代として令聞があったのは、数えるまでもない。その弟の主水重昌は、慶長十九年大阪冬の陣の和が媾ぜられた時に、判元見届・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ 深秘な山には、谷を隔てて、見えつつ近づくべからざる巨木名花があると聞く。……いずれ、佐保姫の妙なる袖の影であろう。 花の蜃気楼だ、海市である……雲井桜と、その霞を称えて、人待石に、氈を敷き、割籠を開いて、町から、特に見物が出るくら・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 段の上にすッくと立って、名家の彫像のごとく、目まじろきもしないで、一場の光景を見詰めていた黒き衣、白き面、清せいく鶴に似たる判事は、衝と下りて、ずッと寄って、お米の枕頭に座を占めた。 威厳犯すべからざるものある小山の姿を、しょぼけ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・こういう大官や名家の折紙が附いたので益々人気を湧かして、浅草の西洋覗眼鏡を見ないものは文明開化人でないようにいわれ、我も我もと毎日見物の山をなして椿岳は一挙に三千円から儲けたそうだ。 今なら三千円ぐらいは素丁稚でも造作もなく儲けられるが・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ きほ敢て忘れん慈父の訓 飄零枉げて受く美人の憐み 宝刀一口良価を求む 貞石三生宿縁を証す 未だ必ずしも世間偉士無からざるも 君が忠孝の双全を得るに輸す 浜路一陣のこうふう送春を断す 名花空しく路傍の塵に委す 雲鬟影を吹いて・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・君兪は名家に生れて、気位も高く、かつ豪華で交際を好む人であったので、九如は大金を齎らして君兪のために寿を為し、是非ともどうか名高い定鼎を拝見して、生平の渇望を慰したいと申出した。君兪は金で面を撲るような九如を余り好みもせず、かつ自分の家柄か・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・あるいは強くて情深くて侠気があって、美男で智恵があって、学問があって、先見の明があって、そして神明の加護があって、危険の時にはきっと助かるというようなものであったり、美女で智慮が深くて、武芸が出来て、名家の系統で、心術が端正で、というような・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・こうしてまた、だんだん私の所謂精神生活が、息を吹きかえして来たようで、けれどもさすがに自分が光琳、乾山のような名家になろうなどという大それた野心を起す事はなく、まあ片田舎のディレッタント、そうして自分に出来る精一ぱいの仕事は、朝から晩まで郵・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・歌麿以前の名家の絵をよくよく注意して見ると髷や鬢の輪郭の曲線がたいていの場合に眉毛と目の線に並行しあるいは対応している。櫛の輪郭もやはり同じ基調のヴェリエーションを示している。同じ線のリズムの余波は、あるいは衣服の襟に、あるいは器物の外郭線・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・古来の漫画の名家の作品は正にこれを証明する。 一般絵画に対する漫画の位置は、文学に対する落語、俳句に対する川柳のそれと似たところがないでもない。本質の上からはおそらく同じようなものであり得ると思われる。ただ落語や川柳には低級なあるいは卑・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
出典:青空文庫