・・・生垣の根にはひとむらの茗荷の力なくのびてる中に、茗荷茸の花が血の気少ない女の笑いに似て咲いてるのもいっそうさびしさをそえる。子どもらふたりの心に何のさびしさがあろう。かれらは父をさしおき先を争うて庭へまわった。なくなられたその日までも庭の掃・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・江戸に渡ったのはいつ頃か知らぬが、享保板の『続江戸砂子』に軽焼屋として浅草誓願寺前茗荷屋九兵衛の名が見える。みょうが屋の商牌は今でも残っていて好事家間に珍重されてるから、享保頃には相応に流行っていたものであろう。二代目喜兵衛が譲り受けた軽焼・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・まさかオンバコやスギ菜を取って食わせる訳にもゆかず、せめてスカンポか茅花でも無いかと思っても見当らず、茗荷ぐらいは有りそうなものと思ってもそれも無し、山椒でも有ったら木の芽だけでもよいがと、苦みながら四方を見廻しても何も無かった。八重桜が時・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・とか、シンクレア・リューウィスとか、あるいはマチスとか、ラヴェルとかあるいはまたそれほどでないとしたところでたとえば今度空中を飛んで来たリンドバークのような、そういう階級の頭脳をもった人たちがたまたまメガフォンを取ってシャツ一枚になって映画・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・僧衣にたすき掛けの僧覚猷が映画監督となってメガフォンを持って懸命に彼の傑作の動物喜劇撮影をやっているであろうところの光景を想像してひとりで微笑したりした。そうしてかの有名な高山寺蔵の絵巻物の画面を思い起こしながら、「絵巻物と活動時代」という・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
去年の暮から春へかけて、欠食児童のための女学生募金や、メガフォン入りの男学生の出征兵士や軍馬のための募金が流行したが、これらはいつの間にか下火になった。そうしてこの頃では到る処の街頭で千人針の寄進が行われている。これは男子・・・ 寺田寅彦 「千人針」
・・・かの青空高くひびきわたるかたつむりのメガホーンの声でした。王さまの新らしい命令のさきぶれでした。「そら、あたらしいご命令だ。」と、あまがえるもとのさまがえるも、急いでしゃんと立ちました。かたつむりの吹くメガホーンの声はいともほがらかにひ・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・国民学校である会場へゆくと、各教室からワラワラと馳け出して来た児童らが、両手をメガフォンにして「ゴジ!」「ゴージイ!」と叫んだ実例がある。 ところが、この「ゴジ」が如何に真心なき政略であるかという実例も、公然とあらわにされて来ている。や・・・ 宮本百合子 「矛盾とその害毒」
・・・そして何の気もなしに三人目の女房がひやっこくなって居た茗荷畑の前に行った。「…………」 男鴨は息をつめて立ちどまった。 頭の中にはあの時の様子がスルスルとひろがって行った。女鴨が死んだと云う事は知って居るけれ共まだ、そこに居る様・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫