・・・又、或人のように、眼の眩めくキュービズムにも。ダダも 面白かろう、然しそれとても、私には 折にふれ行きすぎ 心を掠める 一筋の町の景色だ。けれども、私がローファーなのは決して、淋しい想像で考えて下さらずと・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・もよし たゞ助六と云ふさへよければ助六の紅の襦袢はなつかしや 水色の衿かゝりてあれば真夜中の鏡の中に我見れば 暗きかげより呪湧く如呪はれて呪ひて見たき我思ひ 物語りめく折もあるかと紫陽花のあせたる花に・・・ 宮本百合子 「短歌習作」
・・・丈の高い巌畳な体と、眉のまだ黒い廉張った顔とが、揺めく火に照らし出された。律師はまだ五十歳を越したばかりである。 律師はしずかに口を開いた。騒がしい討手のものも、律師の姿を見ただけで黙ったので、声は隅々まで聞えた。「逃げた下人を捜しに来・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・ 閃めくような栖方の答えは、勿論、このとき梶には分らなかった。しかし、梶は、訊き返すことはしなかった。その瞬間の栖方の動作は、たしかに何かに驚きを感じたらしかったが、そっとそのまま梶は栖方をそこに沈めて置きたかった。「あの扇風機の中・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫