・・・殺すは悪、恵むは善というような意欲の実質的価値判断を混うるならば、祖国のための戦いに加わるは悪か、怠け者の虚言者に恵むは善かというような問いを限りなく生ずるであろう。東洋の禅や、一般に大乗的な宗教の行為の決定に形式の善をとって、実質の善をと・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 摂理は別の恋愛を恵むものだ。そして今度は幸福にいく場合が多い。恋を失っても絶望することはない。必ず強く生きねばならぬ。 しかし今日の青年学生にそんな深い失恋の苦しみなどするものがあるものかという声が、どこからか聞こえてくるのはどう・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・両岸には人家や樹陰の深い堤があるので、川の女神は、女王の玉座から踏み出しては家毎の花園の守神となり、自分のことを忘れて、軽い陽気な足どりで、不断の潤いを、四辺のものに恵むのです。 バニカンタの家は、その川の面を見晴していました。構えのう・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・同時に又、翻訳の露西亜小説カラマゾフ兄弟を愛読するカッフェーの女にも亦銭を恵むことを辞さなかった。彼は資本主義の魔王であって、此れは共産主義の夜叉である。僕は図らずもこの両者に接して、現代の邦家を危くする二つの悪例を目撃し、転時難を憂るの念・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・しく信じて姨の親しみを薄くする可らず、其極めて多言なる者は必ず家族親類風波の基なれば速に追出す可し、都て卑しき者を使うには我意に叶わぬことも少なからず、漫りに立腹することなく能く言教えて使う可し、与え恵む可き事あらば財を惜しむ可らず、但し私・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・イてある事じゃろうがマア、そのやせ我まんと云う仮面をぬいで赤裸の心を出さにゃならぬワ、昨日今日知りあった仲ではないに……第一の精霊ほんとうにそうじゃ、春さきのあったかさに老いた心の中に一寸若い心が芽ぐむと思えば、白髪のそよぎと、かおのし・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・中西伊之助の「赭土に芽ぐむもの」藤森成吉の「狼へ!」「磔茂左衛門」宮嶋資夫の「金」細井和喜蔵の「女工哀史」「奴隷」等は新たな文学の波がもたらした収穫であった。 この新興文学の社会的背景が、ヨーロッパ大戦後の日本の社会の現実的な生活感情と・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 春から夏にかけて、地上のあらゆる家屋、樹木、草々は、驚くべき直接な力で、各自の美しい存在、沈黙の裡の発育、個性というものを見る者の心に訴える。芽ぐむ青桐の梢を見あげ、私は、独特の愛らしさ、素朴、延びようとする熱意を感じずにはいられない・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
出典:青空文庫