・・・それがことしの草木の芽立つと同時に強い力で復活した。そしてその望みを満足させる事が、同時に病余の今の仕事として適当であるという事に気がついた。 それでさっそく絵の具や筆や必要品を取りそろえて小さなスケッチ板へ生まれて始めてのダップレナチ・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・ただ現在日本で特にこの現象の目立つのは、思うにそれぞれの方面において書籍の価値批評をする権威あり信用ある機関が欠乏しているためか、あるいはそういうものがあっても、多数の人がそれに重きを置かずして、かえってやはり新聞広告の坪数で価値を判断する・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・例えば修善寺における大患以前の句と以後の句との間に存する大きな距離が特別に目立つ、それだけでも覗ってみる事は先生の読者にとってかなり重要な事であろうかと思われる。 色々の理由から私は先生の愛読者が必ず少なくもこの俳句集を十分に味わってみ・・・ 寺田寅彦 「夏目先生の俳句と漢詩」
・・・たとえば風化せる花崗岩ばかりの山と、浸蝕のまだ若い古生層の山とでは山の形態のちがう上にそれを飾る植物社会に著しい相違が目立つようである。火山のすそ野でも、土地が灰砂でおおわれているか、熔岩を露出しているかによってまた噴出年代の新旧によっても・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・わりに大きく長い枯れ枝の片を並べたのが大多数であるが、中にはほとんど目立つほどの枝切れはつけないで、渋紙のような肌をしているのもあった。えにしだの豆のさやをうまくつなぎ合わせているのもあって、これがのそのそはって歩いていた時の滑稽な様子がお・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
・・・職人が残しましょうかと念を押すくらいだから、残したって余り目立つほどのものでもないにはきまっている。「源さん、世の中にゃ随分馬鹿な奴がいるもんだねえ」と余の顋をつまんで髪剃を逆に持ちながらちょっと火鉢の方を見る。 源さんは火鉢の傍に・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・二人とも烏の翼を欺くほどの黒き上衣を着ているが色が極めて白いので一段と目立つ。髪の色、眼の色、さては眉根鼻付から衣装の末に至るまで両人共ほとんど同じように見えるのは兄弟だからであろう。 兄が優しく清らかな声で膝の上なる書物を読む。「・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・そのときも彼女らしく、どこといって変に目立つようなところを外見にもっていなかったのであったろう。 次の年の寒い時分、大阪に『戦旗』の講演会があって徳永直、武田麟太郎、黒島伝治、窪川稲子その他の人々が東京駅から夜汽車で立った。私は次の日出・・・ 宮本百合子 「窪川稲子のこと」
・・・この二つの目立つ傾向は、例えばゴーリキイを記念するために多くの人々が執筆したごく短い感想の中にも看取された。 私は、そのいずれもが、ゴーリキイ自身の発展の意義や彼と新しい歴史的世代の文学の生長との関係を、正当にとらえていないことを感じた・・・ 宮本百合子 「「ゴーリキイ伝」の遅延について」
・・・そこの、米の桶より空俵ばかりが目立つような米屋の店頭に、米の御注文は現金に願います、という大きい刷りものが貼り出された。 それは近日来のことである。 うちでは炭がなくて困っている、石炭屋へハガキを出しても音沙汰なしである。きのうの朝・・・ 宮本百合子 「この初冬」
出典:青空文庫