・・・「死んだおふくろと申すのは、もと白朱社の巫子で、一しきりは大そう流行ったものでございますが、狐を使うと云う噂を立てられてからは、めっきり人も来なくなってしまったようでございます。これがまた、白あばたの、年に似合わず水々しい、大がらな婆さ・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・自分は神田の古本屋を根気よくあさりまわって、欧洲戦争が始まってから、めっきり少くなった独逸書を一二冊手に入れた揚句、動くともなく動いている晩秋の冷い空気を、外套の襟に防ぎながら、ふと中西屋の前を通りかかると、なぜか賑な人声と、暖い飲料とが急・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・のゆかたで喉をきかせた時だったと云うが、この頃はめっきり老いこんで、すきな歌沢もめったに謡わなくなったし、一頃凝った鶯もいつの間にか飼わなくなった。かわりめ毎に覗き覗きした芝居も、成田屋や五代目がなくなってからは、行く張合がなくなったのであ・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・今日は晴れているためかめっきり冷えますから」 と早田が口添えするにもかかわらず、彼らはあてこすりのように暗い隅っこを離れなかった。彼は軽い捨て鉢な気分でその人たちにかまわず囲炉裡の横座にすわりこんだ。 内儀さんがランプを座敷に運んで・・・ 有島武郎 「親子」
・・・いきなり縋り寄って、寝ている夜具の袖へ手をかけますと、密と目をあいて私の顔を見ましたっけ、三日四日が間にめっきりやつれてしまいました、顔を見ますと二人とも声よりは前へ涙なんでございます。 物もいわないで、あの女が前髪のこわれた額際まで、・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・「はあ、ぶらぶら病なんでございますが、このごろはまた気候が変りましたので、めっきりお弱んなすったようで、取乱しておりますけれど、貴方御用ならばちょいとお呼び申してみましょうか。」「いえ、何、それにゃ及ばないよ。」「あのう、きっと・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ そのつぎの日には、雨が晴れて、めっきり暑くなりましたが、もうお祭りは終わってしまって、あや子は学校の帰りに、そのお寺の境内を通りましたけれど、なんの店もなかったのです。ただ青々とした木立が、空にしげっていました。 しかし、彼女はど・・・ 小川未明 「海ほおずき」
・・・おれも近頃めっきり気が弱くなった。お前のように……。 実際、お前は気の弱い男だった。そんなに悪い男じゃない。「真相をあばく」に書いてあるような、しんからの悪辣な男ではない。おれが言うのだから、まちがいあるまい。何故なら、今だからこそ言っ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・蝶子は「一人より女夫の方がええいうことでっしゃろ」ぽんと襟を突き上げると肩が大きく揺れた。蝶子はめっきり肥えて、そこの座蒲団が尻にかくれるくらいであった。 蝶子と柳吉はやがて浄瑠璃に凝り出した。二ツ井戸天牛書店の二階広間で開かれた素・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・「この頃はめっきりお弱りになって始終床にばかり就ていらっしゃるが、別に此処というて悪るい風にも見えねえだ。然し最早長くは有りますめえよ!」と倉蔵は歎息をした。「ふうん、そうかな、一度見舞に行きたいのだけれど……」と校長の声も様子も沈・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
出典:青空文庫