・・・いいややっぱり靴ははこう。面倒くさい靴下はポケットへ押し込め、ポケットがふくれて気持ちがいいぞ。素あしにゴム靴でぴちゃぴちゃ水をわたる。これはよっぽどいいことになっている。前にも一ぺんどこかでこんなことがあった。去年の秋だ。腐植質の野原・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・ブラシュで面倒そうにくなくなと皿を洗い、小声で歌をうたいながら、側の台に伏せて行くだろう姿がありあり見える。何処かの戸が開いているのか、或は故意と閉めずにあるのか、実際彼の耳には、時々瀬戸物の触れ合う音に混って彼女の声が聴えて来た。 其・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・先輩の日本訳の書に引き較べて見たのであるが、新しい蘭書を得ることが容易くなかったのと、多くの障碍を凌いで横文の書を読もうとする程の気力がなかったのとの為めに、昔読み馴れた書でない洋書を読むことを、翁は面倒がって、とうとう翻訳書ばかり見るよう・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・蒼ざめた月を仰ぎながら、二人は目見えのときに通った、広い馬道を引かれて行く。階を三段登る。廊を通る。廻り廻ってさきの日に見た広間にはいる。そこには大勢の人が黙って並んでいる。三郎は二人を炭火の真っ赤におこった炉の前まで引きずって出る。二人は・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・さあ御面倒でも雇いにいらっしゃって下さいまし。くどいようで失礼ではございますが、女を内へ送ってやる時には、いつでも一番余計に馬の附いている馬車を連れて来るものだと云うことをお忘れにならないようにね。さあ、いらっしゃいましよ。(男首を・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・だが、そこに横たわった変化について、理論的形式をとってより明確な妥当性を与えなければならないとなると、これは少なからざる面倒なことである。先ず少くとも一応は客観的形式なるものの範疇を分析し、主観的形式の範疇分析をした結果の二形式の内容の交渉・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・それだから向うへ着いて幾日かの間は面倒な事もあろうし、気の立つような事もあろうし、面白くないことだろうと、気苦労に思っている。そのくせ弟の身の上は、心から可哀相でならない。しかしまたしては、「やっぱりそうなった方が、あいつのためには為合せか・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・ 晩年の露伴先生に対しては、小林勇君が実によく面倒を見ていた。先生もおそらく後顧の憂いのない気持ちがしていられたことと思う。 小林君の話によると、先生は最後に呵々大笑せられたという。わたくしはそれが先生の一面をよく現わしていると思う・・・ 和辻哲郎 「露伴先生の思い出」
出典:青空文庫