・・・わたくしは自分の恐ろしい運命を避けよう、どうしてもあなたにお目に掛かるまいと決心いたしました。わたくしは帽子を取って被って、女中にお断りを申上げるように言い附けて置いて、あの家に火事でも起ったように跡をも見ずに逃げました。 わたくしはき・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・とか、「愛するピエエルよ」とか申すのでしょうか。どうもそんなのがちょうどよろしいかと存ぜられます。ですけど、頭からそう申す事は、余り不躾なようで出来かねます。だんだん書いてまいりますうちに、そんな事も申されるようになりますかも知れません。・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・大方己のために不思議の世界を現じた楽人は、詰らぬ乞食か何かで、門に立って楽器を鳴らしていたのが、今は曲を終ったので帽子でも脱いで、その中へ銅貨を入れて貰おうとしているのだろう。この窓の下の処には立っていない。どうも不思議だ。何処にいるのか知・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・それを今打明けて申すのは、貴方に苦しい思いをさせようと思って申すのではございません。それからわたしは貴方に最後の御返事を致そうかと存じました。その手紙には非道く悲しい事も書かず、恨がましい事も書かず、つい貴方のお心にわたしの心がよう分って、・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・半ばおろしたる蔀の上より覗けば四、五人の男女炉を囲みて余念なく玉蜀黍の実をもぎいしが夫婦と思しき二人互にささやきあいたる後こなたに向いて旅の人はいり給え一夜のお宿はかし申すべけれども参らすべきものとてはなしという。そは覚期の前なり。喰い残り・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
苔いちめんに、霧がぽしゃぽしゃ降って、蟻の歩哨は鉄の帽子のひさしの下から、するどいひとみであたりをにらみ、青く大きな羊歯の森の前をあちこち行ったり来たりしています。 向こうからぷるぷるぷるぷる一ぴきの蟻の兵隊が走って来・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・そちは何と申す」「へいへい。私は六平と申します」「六平とな。そちは金貸しを業と致しおるな」「へいへい。御意の通りでございます。手元の金子は、すべて、只今ご用立致しております」「いやいや、拙者が借りようと申すのではない。どうじ・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・ 篤介は徐ろに帽子を耳の上まで引下げ、腕組みをし、重々しく転がって行った。悌が、横になると思うや否や気違いのようにその後を追っかけた。「ウワーイ」「ワーイ」「ウワーイ」 波は細かい砂を打ってその歓声に合わせるようさしては・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 女の子だからと云って、女のくせに、と禁止ばかり多い育てかたをする時代でないことは、もう申すまでもないことです。 人間を育てる根本の精神では、男の子も女の子も、同じであってよいと思います。 女の子は、愛嬌がないときらわれる、・・・ 宮本百合子 「新しい躾」
・・・みんなその頭を固く白い布で巻いて髪を引き緊めて、その上に帽子を置いている。 がたがた馬車が、跳ね返る小馬に牽かれて駆けて往く。車台の上では二人の男、おかしなふうに身体を揺られている。そして車の中の一人の女はしかと両側を握って身体の揺れる・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫