・・・はて、一寸聞いて見よう。もしもし、美容術のうちはどっちでしたかね。」 ひなげしはあんまり立派なばらの娘を見、又美容術と聞いたので、みんなドキッとしましたが、誰もはずかしがって返事をしませんでした。悪魔の蛙がばらの娘に云いました。「は・・・ 宮沢賢治 「ひのきとひなげし」
・・・「ア、もしもし中川です。明日の朝早く細田民樹をひっぱっておいてくれませんか。え、そうです。細田は二人いるが、民樹の方です。ついでに家をガサっておいて下さい。――じゃ、お願いします」 そんな命令をわざわざきかせたりした。「――これ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ きょう千田さんから電話、うちの小さい子供が話をするというので私の話、「ああもしもし、きこえる? 私はね、まだあなたにあったことはないけれどね、あなたが生れるときリンゴの煮たのを母さんにあげたことがあるのよ。こんど会いましょうね」 太郎・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ しかし、この反面には面白いことが一つあります。それは、ためしに、そういうしごき姿の娘さんの一人に向ってこうきいたら、その返事はどうでしょう。 もしもしお嬢さん、大変古風なおこのみですが、あなたの御盛装が意味しているとおり、民法が昔・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
・・・ 上野の自働電話 直ぐとなりにバナナのたたき売りあり、電話の話と混同する「ああもしもしええやっちまえ」「あら 何云ってらっしゃるのよ」「畜生!もしもし困っちゃうな、ばななのたたきうりがあるんですよ、こ・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・と云ったりすると、その言葉を待って居た様に走って行って、大変丁寧なお辞儀をしながら半ば怖れる様な滑稽な形恰をして、「もしもし貴方はだれですか、 百姓ですか、 オヤオヤ口がありませんね、どこがそうなんです。 ヤ貴方・・・ 宮本百合子 「小さい子供」
・・・或る本屋へ電話で、もしもしこちらはどこそこですが、本を四十円ほど届けて下さい、という若い女の声である。本屋は腑に落ちなくて、しかし四十円ほどという響もはっきり耳にしみたのだろう。承知しましたが、本はどんな種類のにしましょうか、とききかえした・・・ 宮本百合子 「見つくろい」
・・・「日出新聞社のものですが、一寸電話口へお出下さいと申すことです。」 木村が電話口に出た。「もしもし。木村ですが、なんの御用ですか。」「木村先生ですか。お呼立て申して済みません。あの応募脚本ですが、いつ頃御覧済になりましょうか・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・門番所の窓の下に行って、いちが「もしもし」とたびたび繰り返して呼んだ。 しばらくして窓の戸があいて、そこへ四十格好の男の顔がのぞいた。「やかましい。なんだ。」「お奉行様にお願いがあってまいりました」と、いちが丁寧に腰をかがめて言った・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・「でも早く往きたいのですもの」と、姉娘は言った。 一群れはしばらく黙って歩いた。 向うから空桶を担いで来る女がある。塩浜から帰る潮汲み女である。 それに女中が声をかけた。「もしもし。この辺に旅の宿をする家はありませんか」 潮・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫