・・・それから、それを掌でもみ合せながら、忙しく足下へ撒きちらし始めた。鏘々然として、床に落ちる黄白の音が、にわかに、廟外の寒雨の声を圧して、起った。――撒かれた紙銭は、手を離れると共に、忽ち、無数の金銭や銀銭に、変ったのである。……… 李小・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・元来おもみのある客ではない。「へい御機嫌よう……お早く、お帰りにどうぞ。」 番頭の愛想を聞流しに乗って出た。 惜いかな、阿武隈川の川筋は通らなかった。が、県道へ掛って、しばらくすると、道の左右は、一様に青葉して、梢が深く、枝が茂・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・庭の正面がすぐに切立の崖で、ありのままの雑木林に萩つつじの株、もみじを交ぜて、片隅なる山笹の中を、細く蜿り蜿り自然の大巌を削った径が通じて、高く梢を上った処に、建出しの二階、三階。はなれ家の座敷があって、廊下が桟のように覗かれる。そのあたり・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・妻に子がなければ妻のやつは心細がって気もみをする、親類のやつらは妾でも置いてみたらという。子のないということはずいぶん厄介ですぜ、しかし私はあきらめている、で罪のない妻に心配させるようなことはけっしてしませんなどいう。予もまた子のあるなしは・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・ お母さんは、気をおもみになりました。そして、明るい方を向いて、針の小さな孔をすかすようにして、糸の先をいれようとしましたが、やはりうまくいきませんでした。「義雄さん。」と、お母さんはたまりかねて、隣のへやで、勉強をしていた義雄さん・・・ 小川未明 「赤い実」
・・・「私たちの力で、ひとたまりもなく、人間の街をもみくだいてやろう。」と、たかは叫びました。 たかは、黒雲に、伝令すべく、夕闇の空に翔け上りました。古いひのきは雨と風を呼ぶためにあらゆる大きな枝、小さな枝を、落日後の空にざわつきたてたの・・・ 小川未明 「あらしの前の木と鳥の会話」
・・・母が、かえって気をもみますから、どうぞお気にかけないでください……。」と、娘は答えました。 少女は、しんせつが、かえって迷惑になってはいけないと思って立ち去りました。「はやく、あなたのお母さんのおなおりなさるように祈っています。」と・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・また龍雄が外に出ると子供を泣かしてくるので、彼の母親は心配し、気をもみました。 一日、しんせつなおじいさんが、龍雄の家へやってきました。「いいところがあった。四里ばかり離れた田舎だが、なに、汽車に乗ればすぐにゆけるところだ。大きな酒・・・ 小川未明 「海へ」
・・・と、子ちょうは気をもみました。「きれいなちょうちょうだなあ。」「まあ、きれいなちょうだこと。」 そのとき、こういう子供たちのこえがきこえました。「僕つかまえて、ピンでとめておこうかな。」「正ちゃんおよしなさいね。かわいそ・・・ 小川未明 「花とあかり」
・・・ああ年少の夢よ、かの蒼空はこの夢の国ならずや、二郎も貴嬢もこのわれもみなかの国の民なるべきか、何ぞその色の遠くして幽かに、恋うるがごとく慕うがごとくはたまどろむごとくさむるがごときや。げにこの天をまなざしうとく望みて永久の希望語らいし少女と・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
出典:青空文庫