・・・だから彼が赤面しながら紙と鉛筆とを取り上げたのは、そのまま父自身のやくざな肖像画にも当たるのだ。父は眼鏡の上からいまいましそうに彼の手許をながめやった。そして一段歩に要する開墾費のだいたいをしめ上げさせた。「それを百二十七町四段二畝歩に・・・ 有島武郎 「親子」
・・・爺さんは、旧藩士ででもあんなさるかと聞くと、「孫八とこいて、いやはや、若い時から、やくざでがしての。縁は異なもの、はッはッはッ。お前様、曾祖父様や、祖父様の背戸畑で、落穂を拾った事もあんべい。――鼠棚捜いて麦こがしでも進ぜますだ。」・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・粋な、やくざなふるまいは、つねに最も高尚な趣味であると信じていました。城下まちの、古い静かな割烹店へ、二度、三度、ごはんを食べに行っているうちに、少年のお洒落の本能はまたもむっくり頭をもたげ、こんどは、それこそ大変なことになりました。芝居で・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・いつ成るとも判らぬこのやくざな仕事の首途を祝い、君とふたりでつつましく乾杯しよう。仕事はそれからである。 私は生れてはじめて地べたに立ったときのことを思い出す。雨あがりの青空。雨あがりの黒土。梅の花。あれは、きっと裏庭である。女・・・ 太宰治 「玩具」
・・・ 私は、やくざな口調になって、母の悪口を言った。娘の歓心をかわんがためである。女は、いや、人間は、親子でも互いに張り合っているものだ。 しかし、娘は笑わなかった。けなしても、ほめても、母の事を言い出すのは禁物の如くに見えた。ひどい嫉・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・「あっちの烏は、森のやくざ者だよ。」と部屋の隅の大きい竹籠を顎でしゃくって見せて、「十羽いるんだが、何しろみんな、やくざ者でね、ちゃんと竹籠に閉じこめて置かないと、すぐ飛んでいってしまうのだよ。それから、ここにいるのは、あたしの古い友達・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・その時分私は放縦な浪費ずきなやくざもののように、義姉に思われていた。 私はどこへ行っても寂しかった。そして病後の体を抱いて、この辺をむだに放浪していた、そのころの痩せこけた寂しい姿が痛ましく目に浮かんできた。今の桂三郎のような温良な気分・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ 次の日、ブリキの大きな時計と、やくざな紙の靴とはやぶけ、象は鎖と分銅だけで、大よろこびであるいて居った。「済まないが税金も高いから、今日はすこうし、川から水を汲んでくれ。」オツベルは両手をうしろで組んで、顔をしかめて象に云う。・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・祖母は、不良少年のようにしてしまった発端における自分の責任は理解出来ないたちの人であったから、やくざになった一彰さんばかりを家名ということで攻めたてた。親族会議だとか廃嫡だとか大騒ぎをした。そして、そのごたごたの間に母の実家は潰れた形になっ・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・その上、はたできいている子供たちには諒解されないもっといやなことがあって、龍ちゃんがインバネスをきたまま火鉢にまたがるようにして、母に「いくら俺がやくざだってよくもあんな外道の巣へ追いこみやがった」とおこって云っていたことがあった。世話をし・・・ 宮本百合子 「道灌山」
出典:青空文庫