・・・ば牡丹散って打重なりぬ二三片牡丹剪って気の衰へし夕かな地車のとゞろとひゞく牡丹かな日光の土にも彫れる牡丹かな不動画く琢磨が庭の牡丹かな方百里雨雲よせぬ牡丹かな金屏のかくやくとして牡丹かな 蟻垤蟻王宮・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・草を焼くにおいがして、霧の中を煙がぼうっと流れています。 一郎のにいさんが叫びました。「おじいさん。いだ、いだ。みんないだ。」 おじいさんは霧の中に立っていて、「ああ心配した、心配した。ああよがった。おお嘉助。寒がべあ、さあ・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ベゴ石のごときは、何のやくにもたたない。むぐらのようにつちをほって、空気をしんせんにするということもしない。草っぱのように露をきらめかして、われわれの目の病をなおすということもない。くううん。くううん。」と云いながら、又向うへ飛んで行きまし・・・ 宮沢賢治 「気のいい火山弾」
・・・それからこんどは低くつぶやく。「あんな銀の冠を僕もほしいなあ。」ラクシャンの狂暴な第一子も少ししずまって弟を見る。「まあいいさ、お前もしっかり支度をして次の噴火にはあのイーハトブの位になれ。十二ヶ月の中の九ヶ月をあの冠で・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・黄色な草穂はかがやく猫睛石、いちめんのうめばちそうの花びらはかすかな虹を含む乳色の蛋白石、とうやくの葉は碧玉、そのつぼみは紫水晶の美しいさきを持っていました。そしてそれらの中でいちばん立派なのは小さな野ばらの木でした。野ばらの枝は茶色の琥珀・・・ 宮沢賢治 「虹の絵具皿」
・・・そして、最もおどろくべきことは、政治の面で、内閣のからやくそくとすっぽかしに対して、わたしたちの抗議がどんな形で示されているかまるで知らないことです。婦人労働者が平等の賃銀と母性保護を求め、女子学生が文部省のひどい月謝値上げに反対していて、・・・ 宮本百合子 「新しい卒業生の皆さんへ」
・・・ われの家われと焼くが何でえけねえ、どかねえと打っ殺すぞ」 馬さんその他上って来て、種々仲裁したが、勇吉はなかなかきかない。「おらあ、火いつけりゃあ牢にへえる位知ってるだ! ああ知ってするごんだよ、だから放っといてくんろ、畜生! 面・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ 自分の前に座った此家の主婦が、あまりにいつ見ても年を喰わないのにびっくりした栄蔵は、一寸行きつまりながら、低いつぶやく様な声で、時候の挨拶、無沙汰の云い訳けをし、つけ加えてお君の詫までした。 主婦は、気軽に、お君の身のきまったよろ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・男はそれをとろうとすると女はつ(ばやく手をひっこめてどこか分らないところににぎってしまった。男は手を出したら又刺されそうに思われたんでそのまんま又歩き出した。男は、女の前ではどんなに気を張ってもうなだれる自分の心をいかにもはかないものに思っ・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・○湯浅にホンヤクをたのむ パルプのこと十五円という ああ十五円でさようならか、と思った。 初め、調査部にひまな人がいたらやらせてくれないか、よし、それを宍が、五円ぐらい貰えると思い、じゃと湯にたのむ、月給が半年なくて丸ビルにいるつと・・・ 宮本百合子 「SISIDO」
出典:青空文庫