・・・久しくそれは聞いたこともなかったものだというよりも、もう二度とそんな気持を覚えそうもない、夕ごころに似た優しい情感で、温まっては滴り落ちる雫くのような音である。初めて私がランプを見たのは、六つの時、雪の降る夜、紫色の縮緬のお高祖頭巾を冠った・・・ 横光利一 「洋灯」
・・・更けても暗くはならない、此頃の六月の夜の薄明りの、褪めたような色の光線にも、また翌日の朝焼けまで微かに光り止まない、空想的な、不思議に優しい調子の、薄色の夕日の景色にも、また暴風の来そうな、薄黒い空の下で、銀鼠色に光っている海にも、また海岸・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・白い額に起こる影、口のあたりの痙攣、美しい優しい柔らかい声の中の、静かに流れて行くような屈曲。まことに静寂な清浄な、月の光のような芸である。 偉大なるエレオノラ・デュウゼ。 かの皮肉なバアナアド・ショオをして心からの讃美と狂喜と・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫