・・・一行はその時、ある山駅の茶店に足を休めていた。左近はまず甚太夫の前へ手をつきながら、幾重にも同道を懇願した。甚太夫は始は苦々しげに、「身どもの武道では心もとないと御思いか。」と、容易に承け引く色を示さなかった。が、しまいには彼も我を折って、・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・それが薔薇かと思われる花を束髪にさして、地味な色の半襟の上に、白い二重顋を休めていましたが、私がその顔に気がつくと同時に、向うも例の艶しい眼をあげて、軽く目礼を送りました。そこで私も眼鏡を下しながら、その目礼に答えますと、三浦の細君はどうし・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・「わたくしのこうして居りますからは、どうかお心をお休めなさりとうございまする。」 宣祖王は悲しそうに微笑した。「倭将は鬼神よりも強いと云うことじゃ。もしそちに打てるものなら、まず倭将の首を断ってくれい。」 倭将の一人――小西・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・三尺ほどの穴を掘り終ると仁右衛門は鍬の手を休めて額の汗を手の甲で押拭った。夏の夜は静かだった。その時突然恐ろしい考が彼れの吐胸を突いて浮んだ。彼れはその考に自分ながら驚いたように呆れて眼を見張っていたが、やがて大声を立てて頑童の如く泣きおめ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 白砂の小山の畦道に、菜畑の菜よりも暖かそうな、おのが影法師を、われと慰むように、太い杖に片手づきしては、腰を休め休め近づいたのを、見ると、大黒頭巾に似た、饅頭形の黄なる帽子を頂き、袖なしの羽織を、ほかりと着込んで、腰に毛巾着を覗かせた・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・頼まれて朝疾くからあちらへ上って働いておりますと、五百円のありかを卜うのだといって、仁右衛門爺さんが、八時頃に遣って来て、お金子が紛失したというお居室へ入って、それから御祈祷がはじまるということ、手を休めてお庭からその一室の方を見ておりまし・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・当てずッぽに気安めを言うと、「おお、そうかの。」と目皺を深く、ほくほくと頷いた。 そのなくなった祖母は、いつも仏の御飯の残りだの、洗いながしのお飯粒を、小窓に載せて、雀を可愛がっていたのである。 私たちの一向に気のない事は――はれて・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・はたして兄がしきりと呼んだけれど、はま公がうまくやってくれたからなお二十分間ほど骨を休めることができた。 朝露しとしとと滴るる桑畑の茂り、次ぎな菜畑、大根畑、新たに青み加わるさやさやしさ、一列に黄ばんだ稲の広やかな田畝や、少し色づいた遠・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ ただ、小鳥だけが、まれにきて枝にとまって翼を休めました。中でも渡り鳥は、旅の鳥でいろいろの話を知っていました。街の話もしてくれれば、港の話もしてくれました。もっときけばなんでも教えてくれるのであったが、松の木は、自らは経験のないことで・・・ 小川未明 「曠野」
・・・その船のほばしらや、綱の上に止まって、疲れを休めてまた旅をつづけるのであります。ある夕焼けの美しい晩方、私どもの群れは、いよいよ旅に上りました。そして、一日も早く花の咲いている、木の実の熟している暖かな国に帰ろうと思いました。 すると二・・・ 小川未明 「つばめの話」
出典:青空文庫