・・・このイエスの言に、霹靂を感ずる事が出来たら、君の幻聴は止む筈です。不尽。 太宰治 「トカトントン」
・・・ 妻の教育に、まる三年を費やした。教育、成ったころより、彼は死のうと思いはじめた。 病む妻や とどこおる雲 鬼すすき。 赤え赤え煙こあ、もくらもくらと蛇体みたいに天さのぼっての、ふくれた、ゆららと流れた、のっそらと大・・・ 太宰治 「葉」
・・・ 夜中雨が降って翌朝は少し小降りにはなったがいつ止むとも見えない。宿の番傘を借りて明神池見物に出掛けた。道端の熊笹が雨に濡れているのが目に沁みるほど美しい。どこかの大きな庭園を歩いているような気もする。有名な河童橋は河風が寒く、穂高の山・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・そうなると止むを得ず間口の広い方の権威者と間口が狭くて奥行ばかり深い権威者か二つに一つよりしかないような場合がないとも限らない。このような云わば一元的 one dimensional な権威といえども学修者研究者にとって甚だ必要なものである・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・一同は遂にがたがた寒さに顫出す程、長評定を凝した結果、止むを得ないから、見付出した一方口を硫黄でえぶし、田崎は家にある鉄砲を準備し、父は大弓に矢をつがい、喜助は天秤棒、鳶の清五郎は鳶口、折から、少く後れて、例年の雪掻きにと、植木屋の安が来た・・・ 永井荷風 「狐」
・・・今や Dmocratie と Positivisme の時勢は日一日に最後の美しい歴史的色彩を抹殺して、時代に後れた詩人の夢を覚さねば止むまいとしている。 * 安藤坂は平かに地ならしされた。富坂の火避地には借家・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・落葉は止むなく竹の葉を滑ってこぼれて行く。澁い枳の実は霜の降る度に甘くなって、軈て四十雀のような果敢ない足に踏まれても落ちるようになる。幼いものは竹藪へつけこんでは落ち葉に交って居る不格好な実を拾っては噛むのである。太十も疱瘡に罹るまでは毎・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・三日目の朝、われと隠士の眠覚めて、病む人の顔色の、今朝如何あらんと臥所を窺えば――在らず。剣の先にて古壁に刻み残せる句には罪はわれを追い、われは罪を追うとある」「逃れしか」と父は聞き、「いずこへ」と妹はきく。「いずこと知らば尋ぬる便・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・尤も当時はあまり本を読む方でも無かったが、兎に角自分の時間というものが無いのだから、止むを得ず俳句を作った。其から大将は昼になると蒲焼を取り寄せて、御承知の通りぴちゃぴちゃと音をさせて食う。それも相談も無く自分で勝手に命じて勝手に食う。まだ・・・ 夏目漱石 「正岡子規」
・・・それが義務であるより以上に必要止むべからざることになって来た。私は上着のポケットの中で、ソーッとシーナイフを握って、傍に突っ立ってるならず者の様子を窺った。奴は矢っ張り私を見て居たが突然口を切った。「あそこへ行って見な。そしてお前の好き・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
出典:青空文庫