・・・それは現実があまり切迫して、早い速力で遷って行くから、一つの行動の必要が起ったとき、その意味や価値をじっくり自分になっとく出来るまで考えているゆとりがなくて、ともかく眼の前の必要を満たすように動かなければならないということではないだろうか。・・・ 宮本百合子 「あとがき(『幸福について』)」
・・・壁によせて長火鉢が置いてあるが、小さい子が三人並ぶゆとりはたっぷりある。柿の花が散る頃だ。雨は屡々降ったと思う。余り降られると、子供等の心にも湿っぽさが沁みて来る。ぼんやり格子に額を押しつけて、雨水に浮く柿の花を見ている。いつまでも雨が降り・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・がどんな文化を生み出してゆくか、精神のゆとりと経済力をもった文化とはどうのびるものか、興味を感じている次第です。〔一九三九年十一月〕 宮本百合子 「アメリカ我観」
・・・十一時四十分上野発仙台行の列車で大して混んでいず、もっと後ろに沢山ゆとりはあるのだ。婆さんの連れは然し、「戸に近い方がいいものね、ばあや、洋傘置いちゃうといいわ、いそいでお座りよ。上へのっかっちゃってさ」 窓から覗き込んで指図する。・・・ 宮本百合子 「一隅」
・・・ これまで文化は、生活にゆとりのある階層の占有にまかされて来た。侵略戦争がはじめられて、それまでの平和と自由をのぞむ文化の本質が邪魔になりはじめたとき、谷川徹三氏の有名な文化平衡論が出た。日本に、少数の人の占有する高い文化があり、一方に・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・男女平等と憲法でかかれたとしても、男女が平等に十時間も十一時間も働いて、くたくたになって、かえったら眠って翌朝また出勤して来るだけのゆとりしかなかったら、その男女平等は、男女が平等に人間以下の条件におかれているというにすぎない。 男女が・・・ 宮本百合子 「いのちの使われかた」
・・・どうせこれっぽっちの給料でこんな詰らない仕事をしているのに、遊ぶゆとりもなくちゃやりきれないわ。きっとそんな心持があるのだ。 なるほど、女のひとはトレーサアなどやっても、非常に末梢的に使われて、朝出勤するときょうはどこそこで何をやってく・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・けれどもトリエル市のすぐれた弁護士であったハインリッヒ・マルクス一家の生活はかなりゆとりの有るものであった。父マルクスは十八世紀フランス哲学を深く学び、ディドローや、ヴォルテール、悲劇作者ラシーヌの作品などから影響をうけていた。 青年時・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ さかのぼって考えれば一九三一年以来、はじめて、小説にうちはまってゆけるゆとりが作者の心に生じた。また一九三二年から前後三回に通計十ヵ月ちかい警察の留置場での生活を経験しなければならなかったこともそのころプロレタリア作家としてより深い階・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・都市の活動が緩慢で、時間と精力にゆとりがある故。――全く少し感情の強い現世的な人間が、あの整った自然の風景、静かな平らな、どこまでも見通しの利く市街、眠たい、しきたりずくめの生活に入ったら、何処ぞでグンと刺戟され情熱の放散を仕たいと切に望む・・・ 宮本百合子 「京都人の生活」
出典:青空文庫