・・・かたぎの娘と街の娘とをかぎる一本の線は、経済問題と性的好奇心とのために絶えず心理的に不安にゆられているのだ。しかし、一方には夜の娘を、あらゆる商業的な文化の上でもてあそび、間接な淫蕩に浸りながら、その半面で電車に乗るなとけがらわしがる感情が・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・一人で椅子にかけ、窓の高いところから青い冬空と風にゆられている樹の梢を眺めている。廊下では例によってフランスのお爺さんと毛糸屋さんとが特徴のある年よりらしい甲高声で、何とか何とかネスパ? ああウイウイと話しながら往ったり来たりしている。・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・ 涙にくもった眼でゆられゆられて居る花を見て居た仙二は一番最後の赤い小さい花を水になげ込んだ時手を延したまんま草の中に顔をうずめた。 草の葉のかげから弱々しい啜りなきの声はいつまでたってもやまなかった。 その日っきり仙二はそと出・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・ はてしなくつづく広い畑地の間のただ一本の里道を吹雪に思いのままに苦しめられながら私は車にゆられて行った。 私の行く道は大変に長く少しの曲りもなしにつづいて居る。 小村をかこんで立った山々の上から吹き下す風にかたい粉雪は渦を巻き・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・ 安永先生が浪にゆられゆられて行く小舟の様に、ゆーらりゆーらりと体をまえうしろにゆりながら、十代の娘の様な傷的な響で、日中に見る夢の歌を誦していらっしゃった時、私の左の向うに座って居らっしゃった貴方がじいっと目を下に落して聞いていらっし・・・ 宮本百合子 「たより」
・・・ 汽車の時間に後れるといけないからとようやっと出してやりながら泣きぬれた顔をかくす様にして車にゆられて行く女を見た時も一度呼び返して肩でも抱えてやりたい様に思えた。 後から行く車の幌のすきから、林町の家でもらった中古の小箪笥が遠くま・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・のものは皆あやぶんで居る。 もうまるで大人になった体をもてあました様に柱によっかからせてついこないだから着始めた袖の着物の両袂に手を突込んで突袖をして居る様子は「にわか」の由良さんを十倍したほど下品に滑稽で間抜けに見えた。 千世子が・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・経済的能力もないし、はっきりした職業の上の立場もないし、友達にたよられれば共にゆらつく生存の足場しかもたなかった。女子の専門学校や大学の学校仲間というものも、これまでのように、親の資力の大さでそこの生活が保障されて来た娘たちの集り場所であっ・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・自ぼれの強い女がこれならと自信をもって居た歌が一も二もなくとりすてられたのをふくれてわきを向いて額がみをやけにゆらがす女もあるし意外のまぐれあたりに相合をくずすものもあるなどいずれもつみのない御笑嬌で有る。この人達の中で月と日とのようなかが・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ 胸を圧される心持でバスにゆられてかえって来たら、私の住んでいる駅の方からバンザーイという沢山の人間の喉からしぼり出される絶叫が響いて来た。 昨今はこういう日常の雰囲気である。『中央公論』と『改造』とが北支の問題をトピックとしている・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
出典:青空文庫