・・・お団子だとか大根の刻んだのだとかは妻が用意してきてあった。それから後に残った人たちだけ最初の席に返って、今度は百カ日の供養のお経を読んでもらった。それからまた、ちょうどパラパラ落ちてきた雨の中を、墓まで往復した。これで百カ日の法事まですっか・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・鉄工所の人は小さなランチヘ波の凌ぎに長い竹竿を用意して荒天のなかを救助に向かった。しかし現場へ行って見ても小さなランチは波に揉まれるばかりで結局かえって邪魔をしに行ったようなことになってしまった。働いたのは島の海女で、激浪のなかを潜っては屍・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・ かねて四郎と二人で用意しておいた――すなわち田溝で捕えておいたどじょうを鉤につけて、家を西へ出るとすぐある田のここかしこにまきました。田はその昔、ある大名の下屋敷の池であったのを埋めたのでしょう、まわりは築山らしいのがいくつか凸起して・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ 岡本は容易に坐に就かない。見廻すとその中の五人は兼て一面識位はある人であるが、一人、色の白い中肉の品の可い紳士は未だ見識らぬ人である。竹内はそれと気がつき、「ウン貴様は未だこの方を御存知ないだろう、紹介しましょう、この方は上村君と・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・この闘いは今日の場合では大概は容易ならぬ苦闘だからだ。しかしこれは協同する真心というので、必ずしも働く腕、才能をさすのではない。妻が必ず職業婦人になって、夫の収入に加えねばならぬというのではない。働く腕、金をとる才能のあることがかえって夫婦・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・しかしたましいの要請が強ければ強いだけ、その肉体的接融はその用意を要する。すなわち肉体だけがたましいの要請をはなれて結びつかぬように、そうした部分がないように隙間なく要求されてくるのは当然なことである。これは一方が打算から身を守るというよう・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ ある時、与助は、懐中に手を入れて子供に期待心を抱かせながら、容易に、肝心なものを出してきなかった。「なに、お父う?」「えいもんじゃ。」「なに?……早ようお呉れ!」「きれいな、きれいなもんじゃぞ。」 彼は、醤油樽に貼・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・ 茶色の枯れたような冬の芽の中に既にいま頃から繚乱たる花が用意されているのだと思うと心が勇む気がする。そして春になると又春の行事が私たちを待っている。 黒島伝治 「四季とその折々」
・・・準備さえ水桶の中に致しておけば、容易に至難の作品でも現わすことが出来る。もとより同人の同作、いつわり、贋物を現わすということでは無い。」と低い声で細々と教えてくれた。若崎は唖然として驚いた。徳川期にはなるほどすべてこういう調子の事が行わ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・けれどもそこは小児の思慮も足らなければ意地も弱いので、食物を用意しなかったため絶頂までの半分も行かぬ中に腹は減って来る気は萎えて来る、路はもとより人跡絶えているところを大概の「勘」で歩くのであるから、忍耐に忍耐しきれなくなって怖くもなって来・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
出典:青空文庫