・・・ 一座の空気は、内蔵助のこの語と共に、今までの陽気さをなくなして、急に真面目な調子を帯びた。この意味で、会話は、彼の意図通り、方向を転換したと云っても差支えない。が、転換した方向が、果して内蔵助にとって、愉快なものだったかどうかは、自ら・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ 藤井はまた陽気な声を出した。「君は我々が知らない間に、その中学時代の同窓なるものと、花を折り柳に攀じ、――」「莫迦をいえ。僕があの女に会ったのは、大学病院へやって来た時に、若槻にもちょいと頼まれていたから、便宜を図ってやっただ・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・が、それにも関らず妙に陽気にはなれなかった。保吉の書斎の机の上には、読みかけたロシュフウコオの語録がある。――保吉は月明りを履みながら、いつかそんな事を考えていた。 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・何故と云えば一二年以前、この事件の当事者が、ある夏の夜私と差向いで、こうこう云う不思議に出遇った事があると、詳しい話をしてくれた時には、私は今でも忘れられないほど、一種の妖気とも云うべき物が、陰々として私たちのまわりを立て罩めたような気がし・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ そこへ……小路の奥の、森の覆った中から、葉をざわざわと鳴らすばかり、脊の高い、色の真白な、大柄な婦が、横町の湯の帰途と見える、……化粧道具と、手拭を絞ったのを手にして、陽気はこれだし、のぼせもした、……微酔もそのままで、ふらふらと花を・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・「何だかぞくぞくするようね、悪い陽気だ。」 と火鉢を前へ。「開ッ放しておくからさ。」「でもお民さん、貴女が居るのに、そこを閉めておくのは気になります。」 時に燈に近う来た。瞼に颯と薄紅。 二 ・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ 来やがった、来やがった、陽気が悪いとおもったい! おらもどうも疝気がきざした。さあ、誰ぞ来てやってくれ、ちっと踞まねえじゃ、筋張ってしょ事がない、と小半時でまた理右衛門爺さまが潜っただよ。 われ漕げ、頭痛だ、汝漕げ、脚気だ、と皆苦・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・人形使もまた真似るがごとく、ひとしくともに手まねき、ひとしくともにさしまねく、この光景怪しく凄し。妖気おのずから場に充つ。稚児二人引戻さる。画家 いい児だ。ちょっと頼まれておくれ。夫人 可愛い、お稚児さんね。画家 奥さん、爺・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・「きイちゃん、お弾きよ――先生、少し陽気に行きましょうじゃアございませんか?」 吉弥のじゃんじゃんが初まった。僕は聴きたくないので、「まア、お待ち」と、それを制し、「まだお前の踊りを見たことがないんだから、おッ母さんに弾いてもら・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・お玉ヶ池に住んでいた頃、或人が不斗尋ねると、都々逸端唄から甚句カッポレのチリカラカッポウ大陽気だったので、必定お客を呼んでの大酒宴の真最中と、暫らく戸外に佇立って躊躇していたが、どうもそうらしくもないので、やがて玄関に音なうと、ピッタリ三味・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
出典:青空文庫