・・・お前が五、六年、外国にでも行って来たらいいだろうが、しかし、いまは簡単に洋行なんか出来ない。いっそ、その女たちを全部、一室に呼び集め、蛍の光でも歌わせて、いや、仰げば尊し、のほうがいいかな、お前が一人々々に卒業証書を授与してね、それからお前・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ 語学には、もちろん自信無し。 しかし、君たちは何やら「啓蒙家」みたいな口調で、すまして民衆に説いている。 洋行。 案外、そんなところに、君たちと民衆とのだまし合いが成立しているのではないか。まさか、と言うこと勿れ。民衆は奇・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・これは、映画がまだ芸術として若い芸術であるという事が一つ、それから映画の成立にいろいろなテクニカルな要項が付帯しているために、それに関する知識の程度によって批評家の種類と段階の差別が多様になるという事がもう一つの原因になるのではないかという・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・何とか云う名の洋紅色大輪のカンナも美しいが、しかし札幌円山公園の奥の草花園で見た鎗鶏頭の鮮紅色には及ばない。彼地の花の色は降霜に近づくほど次第に冴えて美しくなるそうである。そうして美しさの頂点に達したときに一度に霜に殺されるそうである。血の・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・もう少し行くと路地の角の塀に掛けた居住者姓名札の中に「寒川陽光」とあるのが突然眼についた。そのすぐ向う側に寒川氏の家があって、その隣が子規庵である。表札を見ると間違いはないのであるが、どういうものか三十年前の記憶とだいぶちがうような気がする・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
・・・ テーブルの横の台の上に、ガラスの水槽が一つ置いてあって、その中にただ一匹の美しい洋紅色をした熱帯魚が泳いでいた。ベタ・カンボジャという魚らしい。それがただ一匹で泳いでいるのが、このいったいににぎやかな周囲の光景に対比していかにもさびし・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・しかしそれよりもこの人に感心したのは氏が先年H子夫人と同伴で洋行したときに、パリ在住の通信員によって某紙上に報ぜられたこの夫妻の行動に関する記事を読んだときである。パリのまん中でパリジャンを「異人」と呼び、アンバリードでナポレオンの墓を見て・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・すると小さな炎が明るい部屋の陽光にけおされて鈍く透明にともる。その薄明の中に、きわめて細かい星くずのような点々が燦爛として青白く輝く、輝いたかと思った瞬間にはもう消えてしまっている。 この星のような光を見る瞬間に突然不思議な幻覚に襲われ・・・ 寺田寅彦 「詩と官能」
・・・なぜかというと、洋行前にはそんなハイカラな食物などは存在さえも知らなかったのを洋行帰りのN先生からはじめて教わりごちそうになり、それと同時にいろいろと西洋の話などをも聞かされた。そのためにこれらの食物と、まだ見ぬ西洋へのあこがれの夢とが不思・・・ 寺田寅彦 「詩と官能」
・・・先生が洋行の際に持って行って帰った記念品で、上面にケー・ナツメと書いてあるのを、新調のズックのカヴァーで包み隠したいかものであった。その中にぎっしり色々の品物をつめ込んであった。細心の工夫によってやっとうまく詰め合わせたものを引っくら返され・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
出典:青空文庫