・・・女の容色の事も、外に真似手のない程精しく心得ている。ポルジイが一度好いと云った女の周囲には、耳食の徒が集まって来て、その女は大幣の引手あまたになる。それに学問というものを一切していないのが、最も及ぶべからざる処である。うぶで、無邪気で、何事・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・四ツ谷からお茶の水の高等女学校に通う十八歳くらいの少女、身装もきれいに、ことにあでやかな容色、美しいといってこれほど美しい娘は東京にもたくさんはあるまいと思われる。丈はすらりとしているし、眼は鈴を張ったようにぱっちりしているし、口は緊って肉・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ 鯉やすっぽんのほかに、ブルフログを養殖しようという話もあったと記憶しているが、結局おやめになったと見える。もしほんとうに、あすこに、大きなブルフログが繁殖して、大きな声でも上げているのだと、少なくも何事かを考えさせられそうである。場所・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・たとえば場末の洋食屋で食わされるキャベツ巻きのようにプンとするものを感じる。これはおそらくアメリカそのもののにおいであろう。しかしこのクルト・ワイルのジャズにはそれがみじんもなくて、ゲーテやバッハを生んだドイツ民族の情緒が濃厚ににじみだして・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ しかし、その当時に、当時には御馳走と思われた牛鍋や安洋食を腹いっぱいに喰って、それであとで風邪を引いたというはっきりした経験はついぞ持合わせず、従ってM君の所説は一向に無意味なただの悪まれ口としか評価されないで閑却されていたのである。・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・の向かい側あたりの洋食店であった。変な味のする奇妙な肉片を食わされたあとで、今のは牛の舌だと聞いて胸が悪くなって困った。その時に、うまいと思ったのは、おしまいの菓子とコーヒーだけであった。父に連れられて「松田」で昼食を食ったのもそのころであ・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ 二 ボーイ A町を横に入った狭い小路に一軒の小さな洋食店があった。たった一部屋限りの食堂は、せいぜい十畳くらいで、そこに並べてある小さな食卓の数も、六つか七つくらいに過ぎなかった。しかし部屋が割合に気持のいい部屋・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・一体に食う方にかけては贅沢で、金のある時には洋食だ鰻だとむやみに多量に取寄せて独りで食ってしまうが、身なりはいつでも見窶らしい風をして、床屋へ行くのは極めて稀である。それでも机の抽斗には小さな鏡が入れてあって、時によると一時間もランプの下で・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・これは洋食の料理から、おのずと日本食の膳にも移って来たものであろう。それ故大正改元のころには、山谷の八百善、吉原の兼子、下谷の伊予紋、星ヶ岡の茶寮などいう会席茶屋では食後に果物を出すようなことはなかったが、いつともなく古式を棄てるようになっ・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・当時都下に洋酒と洋食とを鬻ぐ店舗はいくらもあった。又カウンターに倚りかかって火酒を立飲する亜米利加風の飲食店も浅草公園などには早くから在ったようであるが、然し之を呼ぶにカッフェーの名を以てしたものは一軒もなかった。カッフェーの名の行われる以・・・ 永井荷風 「申訳」
出典:青空文庫