・・・単に所有という点からいえば聊か富という念も起るが、それは親の遺産を受け継いだ富ではなくって、他人の家へ養子に行って、知らぬものから得た財産である。自分に利用するのは養子の権利かも知れないが、こんなものの御蔭を蒙るのは一人前の男としては気が利・・・ 夏目漱石 「『東洋美術図譜』」
・・・ 成長して他人の家へ行くものは必ずしも女子に限らず、男子も女子と同様、総領以下の次三男は養子として他家に行くの例なり。人間世界に男女同数とあれば、其成長して他人の家に行く者の数も正しく同数と見て可なり。或は男子は分家して一戸の主・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・一 女子の結婚は男子に等しく、他家に嫁するあり、実家に居て壻養子するあり、或は男女共に実家を離れて新家を興すことあり。其事情は如何ようにても、既に結婚したる上は、夫婦は偕老同穴、苦楽相共の契約を守りて、仮初にも背く可らず。女子が生涯娘な・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・これとてもさきの紳士連中は無礼と知りて行うたるにあらず、その平生において、男女品行上のことをば至って手軽に心得、ただ芸妓の容姿を悦び、美なること花の如しなどとて、徳義上の死物たる醜行不倫の女子も、潔清上品なる良家の令嬢も大同小異の観をなして・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
苔いちめんに、霧がぽしゃぽしゃ降って、蟻の歩哨は鉄の帽子のひさしの下から、するどいひとみであたりをにらみ、青く大きな羊歯の森の前をあちこち行ったり来たりしています。 向こうからぷるぷるぷるぷる一ぴきの蟻の兵隊が走って来・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・ところがある夕方二人が羊歯の葉に水をかけてたら、遠くの遠くの野はらの方から何とも云えない奇体ないい音が風に吹き飛ばされて聞えて来るんだ。まるでまるでいい音なんだ。切れ切れになって飛んでは来るけれど、まるですずらんやヘリオトロープのいいかおり・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・ 間もなく蕈も大ていなくなり理助は炭俵一ぱいに詰めたのをゆるく両手で押すようにしてそれから羊歯の葉を五六枚のせて縄で上をからげました。「さあ戻るぞ。谷を見て来るかな。」理助は汗をふきながら右の方へ行きました。私もついて行きました。し・・・ 宮沢賢治 「谷」
・・・則ち人類から他の哺乳類鳥類爬虫類魚類それから節足動物とか軟体動物とか乃至原生動物それから一転して植物、の細菌類、それから多細胞の羊歯類顕花植物と斯う連続しているからもし動物がかあいそうなら生物みんな可哀そうになれ、顕花植物なども食べても切っ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・氷羊歯の汽車、恋人、アルネ。四、フウケーボー大博士はあくびといっしょにノルデの筆記帳をすぽりとのみ込んでしまった。五、噴火を海へ向けるのはなかなか容易なことでない。 化物丁場、おかしなならの影、岩頸問答、大博士発明のめがね。・・・ 宮沢賢治 「ペンネンノルデはいまはいないよ 太陽にできた黒い棘をとりに行ったよ」
・・・ よだかは泣きながら自分のお家へ帰って参りました。みじかい夏の夜はもうあけかかっていました。 羊歯の葉は、よあけの霧を吸って、青くつめたくゆれました。よだかは高くきしきしきしと鳴きました。そして巣の中をきちんとかたづけ、きれいにから・・・ 宮沢賢治 「よだかの星」
出典:青空文庫