・・・ 女房は市へ護送せられて予審に掛かった。そこで未決檻に入れられてから、女房は監獄長や、判事や、警察医や、僧侶に、繰り返して、切に頼み込んで、これまで夫としていた男に衝き合せずに置いて貰う事にした。そればかりではない。その男の面会に来ぬよ・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・Y署の二十九日が終ると、裁判所へ呼び出されて、予審判事から検事の起訴理由を読みきかせられた。それから簡単な調書をとられた。「じゃ、T刑務所へ廻っていてもらいます。いずれ又そこでお目にかゝりましょう。」 好男子で、スンなりとのびた白い・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・るある島田には間があれど小春は尤物介添えは大吉婆呼びにやれと命ずるをまだ来ぬ先から俊雄は卒業証書授与式以来の胸躍らせもしも伽羅の香の間から扇を挙げて麾かるることもあらば返すに駒なきわれは何と答えんかと予審廷へ出る心構えわざと燭台を遠退けて顔・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・それから引きつづいて、余震が、火災のはびこる中で、われわれのからだに感じ得たのが十二時間に百十四回以上、そのつぎの十二時間に八十八回、そのつぎが六十回、七十回と来ました。どんな小さな地震をも感じる地震計という機械に表われた数は、合計千七百回・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ 女房は市へ護送せられて予審に掛かった。そこで未決檻に入れられてから、女房は監獄長や、判事や、警察医や僧侶に、繰り返して、切に頼み込んで、これまで夫としていた男に衝き合せずに置いて貰う事にした。そればかりでは無い。その男の面会に来ぬよう・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ おれは五時間の予審を受けた。何もかも白状した。しかし裁判官達には、おれがなぜそんな事をしたか分からない。「襟だって価のある物品ではありませんか」と、裁判官も検事も云うのである。「あいつはわたくしを滅亡させたのです。わたくしの生・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・の経験を長たらしく書き並べたかというと、これだけの前置きが、これから書こうとするきわめて特殊な、そうして狭隘で一面的な文学観を読者の審判の庭に供述する以前にあらかじめ提出しておくべき参考書類あるいは「予審調書」としてぜひとも必要と考えられる・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・根津を抜けて帰るつもりであったが頻繁に襲って来る余震で煉瓦壁の頽れかかったのがあらたに倒れたりするのを見て低湿地の街路は危険だと思ったから谷中三崎町から団子坂へ向かった。谷中の狭い町の両側に倒れかかった家もあった。塩煎餅屋の取散らされた店先・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・このくらいのならあとから来る余震が相当に頻繁に感じられるだろうと思っていると、はたしてかなり鮮明なのが相次いでやって来た。 山の手の、地盤の固いこのへんの平家でこれくらいだから、神田へんの地盤の弱い所では壁がこぼれるくらいの所はあったか・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・幸福も不幸福も、変化の瞬間が最高点で、それからあとは、大地震の余震のように消えて行く。 そのおかげで、われわれは、こうやって生きて行かれるのかもしれない。 十八 入歯は、やはり西洋人のこしらえ始めたものだ・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
出典:青空文庫