・・・下の姉さんには、三つくらいの女の子が、よちよち附いて歩いている。「さ、ひとつ。」小坂氏は私にビイルをついでくれた。「あいにくどうも、お相手を申上げる者がいないので。――私も若い時には、大酒を飲んだものですが、いまはもう、さっぱり駄目・・・ 太宰治 「佳日」
・・・いまの、あの、妹さんがお父さんに手をひかれて、よちよち歩いてお焼香した時の姿が、まだどうしても忘れられません。あれを見てわたくしどもは、ああ、母親というものは、小さい子供を残しては、死んでも死にきれないと思いました。しかし、母は、自殺し・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・ ペリカンのひながよちよち歩いては転倒する光景は滑稽でもあり可憐でもある。鳥でも獣でも人間でも子供にはやはり子供らしい共通の動作のあることが、いつもこの種類の映画で観察される。たよりない幼いものに対する愛憐の情の源泉がやはり本能的なもの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・妙な足取りでよちよち歩いて来るそばを、駅員がその女の持ち物らしいバスケットをさげてすましてついて来た。改札口を出るとその駅員は、草津電鉄のほうを指さして何か教えているらしかった。女が行ってしまうとその駅員は、改札係と、居合わせた警官と三人で・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・それで麓の亀もよちよち登って行けばいつかは鶴と同じ高さまで登れる。しかしこの天井を取払うと鶴はたちまち冲天に舞上がる。すると亀はもうとても追付く望みはないとばかりやけくそになって、呑めや唄えで下界のどん底に止まる。その天井を取払ったのが老子・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・あひるが陸へ上がってよちよち歩くときの格好は、およそ醜い歩行の姿の典型として引き合いに出るくらいであるが、こうしてその固有のおるべき環境にいるときの自然の姿はこのようにも美しく典雅なものである。固有でない環境に置かれれば錦繍でもきたなく、あ・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・ネネムは何をするのかと思ってもっと見ていますと、そのいやなものはマッチを持ってよちよち歩き出しました。 赤山のようなばけものの見物は、わいわいそれについて行きます。一人の若いばけものが、うしろから押されてちょっとそのいやなものにさわりま・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・旅順口がおちたという一月二日に、縁側に走り出してバンザイをとなえた母の腰のまわりでバンザイと云って両手をあげた六つの女の子、四つの男の子、よちよち歩きの児に、何がわかっていただろう。 勝ったおかげで一等国になれる、とよろこんだ日本の民草・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・南フランスから出て来たドーデが巴里でそのような可憐ないくつかの小説を書きはじめた時分、小さな一人の男の子が書斎の父さんのところから、隣室で清書している母さんのところまでよちよちと書きあげられた原稿を一枚一枚運ぶ役をつとめた。ドーデはその回想・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・丁度親が、おそく歩きはじめたわが子のよちよち姿を見て、丈夫な子を持った親は知らないよろこびに涙ぐむように、日本の善良な人民のこころは、今になって、どうやらわれわれと大してちがったものでもなく生きるようになった方々、に、身分が高いだけ気の毒な・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
出典:青空文庫