・・・この本のなかに予知されていたさまざまの障害と偽瞞とは、はっきり事実としての姿をあらわしはじめている。日本の婦人が、人民の生活の安定と平和とのために尽瘁しなければならない部面は日に日に多くなって来ている。 一九四七年十一月〔一九四・・・ 宮本百合子 「再版について(『私たちの建設』)」
・・・ 或る程度まで達するうちには、この無智な、狭小な魂の所有者である自分は、たくさんの苦痛と涙と、悔恨とに遭遇しなければならないのは、明かに予知されます。茫漠たる原野に、一粒ずつの金剛砂を求めて行くような労力と、収穫の著しい差異も、覚悟して・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・木村よりは三つ四つ歳の少い法学博士で、目附鼻附の緊まった、余地の少い、敏捷らしい顔に、金縁の目金を掛けている。「昨日お命じの事件を」と云いさして、書類を出す。課長は受け取って、ざっと読んで見て、「これで好い」と云った。 木村は重荷を・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ 西洋事情や輿地誌略の盛んに行われていた時代に人となって、翻訳書で当用を弁ずることが出来、華族仲間で口が利かれる程度に、自分を養成しただけの子爵は、精神上の事には、朱子の註に拠って論語を講釈するのを聞いたより外、なんの智識もないのだが、・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・そこには多くの想像の余地が残される。不幸にもそれは堕落してごまかしの伝統を造ったが、それ自身には堕落した手法とは言えない。もし「意味深い形」を造る事が画の目的であるならば、思い切った省略もまた一法である。自分の問題にするのはそれではなくて、・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫