・・・と、身仕度をする間も惜しいように、編笠をかなぐり捨てるが早いか、「瀬沼兵衛、加納求馬が兄分、津崎左近が助太刀覚えたか。」と呼びかけながら、刀を抜き放って飛びかかった。が、相手は編笠をかぶったまま、騒ぐ気色もなく左近を見て、「うろたえ者め。人・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・そうすると予備隊は、お前たちの行った跡から、あの界隈の砲台をみんな手に入れてしまうのじゃ。何でも一遍にあの砲台へ、飛びつく心にならなければいかん。――」 そう云う内に将軍の声には、いつか多少戯曲的な、感激の調子がはいって来た。「好い・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・といって呼びとめた。振向いた子供たちは「まだか」の立っているのを見ると三人とも恐ろしさに顔の色を変えてしまった。殴りつけられる時するように腕をまげて目八分の所にやって、逃げ出す事もし得ないでいた。「童子連は何条いうて他人の畑さ踏み込んだ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・十五人の男の歩く足音は、穹窿になっている廊下に反響を呼び起して、丁度大きな鉛の弾丸か何かを蒔き散らすようである。 処刑をする広間はもうすっかり明るくなっている。格子のある高い窓から、灰色の朝の明りが冷たい床の上に落ちている。一間は這入っ・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・となり、「義血侠血」となり、「予備兵」となり、「夜行巡査」となる順序である。明治四十年五月 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ ああ居てくれれば可かった、と奴の名を心ゆかし、女房は気転らしく呼びながら、また納戸へ。 十四 強盗に出逢ったような、居もせぬ奴を呼んだのも、我ながら、それにさへ、動悸は一倍高うなる。 女房は連りに心急い・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ さてその頃は、征清の出師ありし頃、折はあたかも予備後備に対する召集令の発表されし折なりし。 謙三郎もまた我国徴兵の令に因りて、予備兵の籍にありしかば、一週日以前既に一度聯隊に入営せしが、その月その日の翌日は、旅団戦地に発するとて、・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・――また遠く離れて、トントントントンと俎を打つのが、ひっそりと聞えて谺する……と御馳走に鶫をたたくな、とさもしい話だが、四高にしばらく居たことがあって、土地の時のものに予備知識のある学者だから、内々御馳走を期待しながら、門から敷石を細長く引・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 省作はここにまごまごしていると、すぐ呼びたてられるから、今しばらく家のものの視線を避けようとしていると、おはまが水くみにきた。「省さん、今日はきっと負かしてやります」「ばかいえ、手前なんかに片手だって負けっこなしだ」「そっ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ まもなく後に菊酒屋と云う有名な酒屋にやった所がここも秋口から物やかましいといやがられたので又、ここも縁がないのだからしかたがないと云って呼びかえした。其後又、今度は貸金までして仕度をして何にも商ばいをしない家にやるとここも人手が少なく・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
出典:青空文庫