・・・考える力もなく、よろよろと迷いに迷うて行く頭が、ふと逃げ込んで行く道の彼方には、睡魔が立ちはだかっている。 新吉の心の中では火のついたような赤ん坊の泣声が聴えていた。三時になれば眠れると思ったのに、眠ることの出来ない焦燥の声であった。苦・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・藻草を纒ったような船夫達が何人も群れて、白く化粧した女を調戯いながら、よろよろと歩いていた。私は二度ほど同じ道を廻り、そして最後に一軒の家へ這入った。私は疲れた身体に熱い酒をそそぎ入れた。しかし私は酔わなかった。酌に来た女は秋刀魚船の話をし・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・外はさすがに少しは風があるのでそこからぶらぶら歩いていますと、向うから一人の男が、何かぶつぶつ口小言を云いながらやって参ります、その様子が酔っぱらいらしいので私は道を避けていますとよろよろと私の前に来て顔を上げたのを見れば藤吉でございました・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・しかしたちまちにして一ト歩は一ト歩より遅くなって、やがて立止まったかと見えるばかりに緩く緩くなったあげく、うっかりとして脱石に爪端を踏掛けたので、ずるりと滑る、よろよろッと踉蹌る、ハッと思う間も無くクルリと転ってバタリと倒れたが、すぐには起・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・ 体操の教師は磊落に笑出した。学士の肩へ手を掛けて、助けて行こうという心づかいを見せたが、その人も大分上機嫌で居た。 よろよろした足許で、復た二人は舞うように出て行った。高瀬は屋外まで洋燈を持出して、暗い道を照らして見せたが、やがて・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・女たちで、すはだしのまま、つかれ青ざめてよろよろと歩いていくのがどっさりいました。手車や荷馬車に負傷者をつんでとおるのもあり、たずね人だれだれと名前をかいた旗を立てて、ゆくえの分らない人をさがしまわる人たちもあります。そのごたごたした中を、・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ すると靴ぬぐいのようなものは、むくむくと半たち上って、よろよろと肉のきれのそばへ来て、たおれるように腹ばいました。栗色をした、よぼよぼの犬です。病気でひどくよわっていると見えて、やせ犬のくれた肉のきれをものうそうに二、三どなめまわしま・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・ 嘉七は立って、よろよろトイレットのほうへ歩いていった。トイレットへはいって、扉をきちんとしめてから、ちょっと躊躇して、ひたと両手合せた。祈る姿であった。みじんも、ポオズでなかった。 水上駅に到着したのは、朝の四時である。まだ、暗か・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・ 先生は、よろよろと立ち上った。私のほうを見て、悲しそうに微笑んで、「君、手帖に書いて置いてくれ給え。趣味の古代論者、多忙の生活人に叱咤せらる。そもそも南方の強か、北方の強か。」 酒の酔いと、それから落胆のために、足もとがあぶな・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・と叫んで大尉は立ち上がりましたが、ブランデーがひどくきいたらしく、よろよろです。 お酌のひとは、鳥のように素早く階下に駆け降り、やがて赤ちゃんをおんぶして、二階にあがって来て、「さあ、逃げましょう、早く。それ、危い、しっかり」ほとんど骨・・・ 太宰治 「貨幣」
出典:青空文庫