・・・要するに生活上の利害から割り出した嘘だから、大晦日に女郎のこぼす涙と同じくらいな実は含んでおります。なぜと云って御覧なさい。もし時間があると思わなければ、また時間を計る数と云うものがなければ、土曜に演説を受け合って日曜に来るかも知れない。御・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・親の愛は実に純粋である、その間一毫も利害得失の念を挟む余地はない。ただ亡児の俤を思い出ずるにつれて、無限に懐かしく、可愛そうで、どうにかして生きていてくれればよかったと思うのみである。若きも老いたるも死ぬるは人生の常である、死んだのは我子ば・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・人と人との交際ということは、所詮相互の自己抑制と、利害の妥協関係の上に成立する。ところで僕のような我がまま者には、自己を抑制することが出来ない上に、利害交換の妥協ということが嫌いなので、結局ひとりで孤独に居る外はないのである。ショーペンハウ・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・ 此一章は専ら嫉妬心を警しむるの趣意なれば、我輩は先ず其嫉妬なる文字の字義を明にせんに、凡そ他人の為す所にして我身の利害に関係なきことを羨み、怨み憎らしく思い、甚しきは根もなきことに立腹して他の不幸を祈り他を害せんとす、之を嫉妬・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・直接のために眼光をおおわれて、地位の利害に眩すればなり。今、世の人心として、人々ただちに相接すれば、必ず他の短を見て、その長を見ず、己れに求むること軽くして人に求むること多きを常とす。すなわちこれ心情の偏重なるものにして、いかなる英明の士と・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・或は上士と下士との軋轢あらざれば、士族と平民との間に敵意ありて、いかなる旧藩地にても、士民共に利害栄辱を與にして、公共のためを謀る者あるを聞かず。故に世上有志の士君子が、その郷里の事態を憂てこれが処置を工夫するときに当り、この小冊子もまた、・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
一 第二次ヨーロッパ大戦は、私たち現世紀の人間にさまざまの深刻な教訓をあたえた。そのもっとも根本的な点は国際間の複雑な利害矛盾の調整は、封建的で、また資本主義的な強圧であるナチズムやファシズムでは・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・ 三・一五、四・一六などの後、運動の困難と再建の事業が集注的関心となった時代には、コロンタイズムは一応揚棄され、運動のためにはあらゆる個人の感情、個人生活の利害を犠牲にしなければならぬものであるという、いわゆる鉄の規律が一般の理解におか・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・そしてあの世棄人も、遠い、微かな夢のように、人世とか、喜怒哀楽とか、得喪利害とか云うものを思い浮べるだろう。しかしそれはあの男のためには、疾くに一切折伏し去った物に過ぎぬ。 暴風が起って、海が荒れて、波濤があの小家を撃ち、庭の木々が軋め・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・ついに家中の十人の内九人までが軽薄なへつらい者になり、互いに利害相結んで、仲間ぼめと正直者の排除に努める。しかも大将は、うぬぼれのゆえに、この事態に気づかない。百人の中に四、五人の賢人があっても目にはつかない。いざという時には、この四、五人・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫