・・・もっとも後になって聞けば、これは「本間さんの西郷隆盛」と云って、友人間には有名な話の一つだそうである。して見ればこの話もある社会には存外もう知られている事かも知れない。 本間さんはこの話をした時に、「真偽の判断は聞く人の自由です」と云っ・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・紅色の屋号の電燈が怪しき流星のごとき光を放つ。峰から見透しに高い四階は落着かない。「私も下が可い。」「しますると、お気に入りますかどうでございましょうか。ちとその古びておりますので。他には唯今どうも、へい、へい。」「古くっても構・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・「打上げ!」「流星!」 と花火に擬て、縦横や十文字。 いや、隙どころか、件の杢若をば侮って、その蜘蛛の巣の店を打った。 白玉の露はこれである。 その露の鏤むばかり、蜘蛛の囲に色籠めて、いで膚寒き夕となんぬ。山から颪す・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・店一杯に雛壇のような台を置いて、いとど薄暗いのに、三方を黒布で張廻した、壇の附元に、流星の髑髏、乾びた蛾に似たものを、点々並べたのは的である。地方の盛場には時々見掛ける、吹矢の機関とは一目視て紫玉にも分った。 実は――吹矢も、化ものと名・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・坪内君がいなかったら早稲田は決して今日の隆盛を見なかったであろう。 文芸協会の成功は更に一層明白な事実である。腹蔵なくいえば文芸協会の芝居がそれほど立派なものだとは思わぬ。少くも見物してそれほど面白いとも思わぬ。沙翁劇にしろイブセンにし・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・戦いに敗れて精神に敗れない民が真に偉大なる民であります、宗教といい信仰といい、国運隆盛のときにはなんの必要もないものであります。しかしながら国に幽暗の臨みしときに精神の光が必要になるのであります。国の興ると亡ぶるとはこのときに定まるのであり・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・それは文芸の隆盛な時代は、大概太平な時代であったからである。そして、芸術が享楽階級の用立とされていたからでもある。徳川時代の戯作者は、その最もいゝ例である。 人情の機微を穿つとか、人間と人間の関係を忠実に細叙するとかいうのも、この世の中・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・和服姿の中畑さんは、西郷隆盛のようであった。 中畑さんのお家へ案内された。知らせを聞いて、叔母がヨチヨチやって来た。十年、叔母は小さいお婆さんになっていた。私の前に坐って、私の顔を眺めて、やたらに涙を流していた。この叔母は、私の小さい時・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・文名、日、一日と御隆盛、要らぬお世辞と言われても、少々くらいの御叱正には、おどろきませぬ。さきごろは又、『めくら草紙』圧倒的にて、私、『もの思う葦』を毎月拝読いたし、厳格の修養の資とさせていただいて居ります。すこしずつ危げなく着々と出世して・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・底のない墜落、無間奈落を知って居るか、加速度、加速度、流星と同じくらいのはやさで、落下しながらも、少年は背丈のび、暗黒の洞穴、どんどん落下しながら手さぐりの恋をして、落下の中途にて分娩、母乳、病い、老衰、いまわのきわの命、いっさい落下、死亡・・・ 太宰治 「創生記」
出典:青空文庫