・・・うぐい亭の存在を云爾ために、両家の名を煩わしたに過ぎない。両家はこの篇には、勿論、外套氏と寸毫のかかわりもない。続いて、仙女香、江戸の水のひそみに傚って、私が広告を頼まれたのでない事も断っておきたい。 近頃は風説に立つほど繁昌らしい。こ・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 良家に生れて、不足なく育った子供等は、自分の欲望を満足するには、もっと美しい金殿玉楼に住んだとか、栄達をしたとかいう話をきいて、夢想することによって喜びを感ずるにちがいない。それは、事実そうあるべき筈だからです。その心持を察してそうい・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
・・・私はそれを父の冷淡だと思うくらい気の廻る子供だったが、しかしそのころは大阪では良家のぼんちでない限り、たいていは丁稚奉公に遣らされるならわしだったのだから、世話はない。 いったいに私は物事をおおげさに考えるたちで、私が今まで長々と子供の・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・私がそのような小説を書くのがかねがね不平らしかった。良家の子女が読んでも眉をひそめないような小説が書いてほしいのであろう。私の小説を読むと、この作者はどんな悪たれの放蕩無頼かと人は思うに違いないと、家人にはそれが恥しいのであろう。親戚の女学・・・ 織田作之助 「世相」
・・・その事件はまだそのままになっていたが、そのため両家の交際は断えていたのだ。「何という無法者だろう。恩も義理も知らぬ仕打ではないか!」 老父は耕吉の弁解に耳を仮そうとはしなかった。そして老父はその翌朝早く帰って行った。耕吉もこれに励ま・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・この両家とも田舎では上流社会に位いするので、祝儀の礼が引きもきらない。村落に取っては都会に於ける岩崎三井の祝事どころではない、大変な騒ぎである。両家は必死になって婚儀の準備に忙殺されている。 その愈々婚礼の晩という日の午後三時頃でもあろ・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・「良家の娘」という語は平凡なひびきしか持たぬが、そこにいうにいわれぬ相異があるのだ。一度媚びを売ることを余儀なくされた女性は、たとい同情に価はしても、青年学生の恋愛の相手として恰好なものではない。 もとより「良家の娘」にもそのマンネリズ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・じ立場に在る者は同じような感情を懐いて互によく理解し合うものであるから、中村の細君が一も二も無く若崎の細君の云う通りになってくれたのでもあろうが、一つには平常同じような身分の出というところからごくごく両家が心安くし合い、また一つには若崎が多・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・しかも当時の博識で、人の尊む植通の言であったから、秀吉は徳善院玄以に命じて、九条近衛両家の議を大徳寺に聞かせた。両家は各固くその議を執ったが、植通の言の方が根拠があって強かった。そうするとさすがに秀吉だ、「さようにむずかしい藤原氏の蔓となり・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ 奥さんは性急な、しかし良家に育った人らしい調子で、「宅じゃこの通り朝顔狂ですから、小諸へ来るが早いか直ぐに庭中朝顔鉢にしちまいました――この棚は音さんが来て造ってくれましたよ――まあこんな好い棚を――」 と高瀬に話した。奥さん・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
出典:青空文庫