・・・が、部屋に拡がった暮色の中には、その三毛猫の二つの眼が、無気味な燐光を放つほかに、何もいるようなけはいは見えなかった。…………… 横浜。 日華洋行の宿直室には、長椅子に寝ころんだ書記の今西が、余り明くない電燈の下に、新刊の雑誌を・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・マッカリヌプリの絶巓の雪だけが燐光を放ってかすかに光っていた。荒らくれた大きな自然だけがそこに甦った。 こうして仁右衛門夫婦は、何処からともなくK村に現われ出て、松川農場の小作人になった。 仁右衛門の小屋から一・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ そして彼が窓辺を去って、寝床の上に横になるとき、彼は部屋のなかの暗にも一点の燐光を感じた。「私の病んでいる生き物。私は暗闇のなかにやがて消えてしまう。しかしお前は睡らないでひとりおきているように思える。そとの虫のように……青い燐光・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・どんなことでも、かまわずにさっさと書いて行く、冷たい態度が僕はすきだった。燐光を放っている。短篇を書くならメリメのような短篇を書きたい、よく、そう思った。 ゴーゴリと、モリエール、は、あるときは、トルストイ以上に好きだった。喜劇を書いて・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・ 併し自修ばかりでは一人合点で済まして居て大間違いをして居る事があるものですから、そこで輪講という事が行われる。それは毎日輪講の書が変って一週間目にまた旧の書を輪講するというようになって居るのです。即ち月曜日には孟子、火曜日には詩経、水・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・客と主人との間の話で、今日学校で主人が校長から命ぜられた、それは一週間ばかり後に天子様が学校へご臨幸下さる、その折に主人が御前で製作をしてご覧に入れるよう、そしてその製品を直に、学校から献納し、お持帰りいただくということだったのが、解ったの・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 大学へはいったらぜひとも輪講会に出席するようにと、高等学校時代に田丸先生友田先生からいい聞かされていたから、一年生の頃からその会の傍聴に出席して、片隅で小さくなって聞いていた。話は六かしくて大抵は分からなかったが、ほんのわずかばかり分・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・ 大きな蛾の複眼に或る適当な角度で光を当てて見ると気味の悪いように赤い、燐光に類した光を発するのがある。何となく物凄い感じのするものである。昔西洋の雑誌小説で蛾のお化けの出るのを読んだことがあるが、この眼玉の光には実際多少の妖怪味と云っ・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・ 大きな蛾の複眼に或る適当な角度で光を当てて見ると気味の悪いように赤い、燐光に類した光を発するのがある。なんとなく物すごい感じのするものである。昔西洋の雑誌小説で蛾のお化けの出るのを読んだことがあるが、この目玉の光には実際多少の妖怪味と・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・屋根裏の闇の中で口から燐光を発する煙を吐いているのを想像するだけでもあまり気持ちがよくない。 木の板の上に鉄のばねを取り付けた捕鼠器もいくつか買って来て仕掛けた。はじめのうちはよく小さな子ねずみが捕れた。こしらえ方がきわめてぞんざいであ・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
出典:青空文庫