・・・ 獄中生活者を描いて出場した島木健作氏はこの時代、農民組合の経験をめぐっての諸作に移って来ており、徳永直氏は『文学評論』に自伝的な「黎明期」を連載しつつ、他方に「彷徨える女の手紙」「女の産地」等の小説を発表し、両者の間に見られる様々の矛・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 明治の初期の文学では、江戸末期の戯作者風な作者と黎明期の啓蒙書・翻訳文学が対立したが、尾崎紅葉の硯友社時代には、仏文学の影響やロシア文学の影響をもちながら、作家気質の伝統は戯作者気質の筋をひいていた。坪内逍遙の「当世書生気質」は、日本・・・ 宮本百合子 「作家と教養の諸相」
・・・ 近代日本文学の黎明とともに生い立ったような先生といて、私の側から感興のつきない話題がありよう筈もなかった。当時老博士はシェークスピア全集の翻訳に専念して居られた。したがって程よい時間が経つと、自然私がもうお暇しなくてはいけないのだな、・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・ ヨーロッパ大戦後の、万人の福利を希うデモクラシーの思想につれて、民衆の芸術を求める機運が起って『種蒔く人』が日本文学の歴史の上に一つの黎明を告げながら発刊されたのは大正十一年であった。ロマンティックな傾向に立って文学的歩み出しをしてい・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・それぞれの人の為人の高低がそこに語られているばかりでなく、婦人そのものの社会的自覚が、その頂点でさえもなお遙かに社会的には狭小な低い視野に止っていた日本の女の歴史の悲しい不具な黎明の姿を、そこに見るのである。 景山英子は、その生涯の間に・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・ 黎明が鳩の目を明るくした。雄鳩は大きな悲しみを見出し、鳴きながら脚を高くあげその辺を歩き廻った。夜のうちに雌は死んだ。 雄鳩は雌の死んだことを忘れた。昼間、太陽が野天に輝やいて、遠くの森が常緑の梢で彼を誘惑する時、雄鳩は白・・・ 宮本百合子 「白い翼」
・・・人民の力の表現である真に民主的な政党は、治安維持法こそないが、他の変通自在な便法によって圧殺され、日本人民は、自主の黎明において自分の道をはぐらかされまいものでもないのである。 農村の自主化、都市労働者の生産管理による必要物資のより多量・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・まだ吾々はやっと人類の偉大さの最初の黎明期に達したばかりである。」と。 ウエルズがこの文化史のなかで云っているとおり、現在世界の二十一億の人間の上に輻輳している危険、混乱、厄災が全く未曾有のものであるのは、科学が人間に曾てなかった暴力を・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・駅で長いこと停車し、黎明のうすあかりの中に、提灯をつけ、抜刀の消防隊がしきりに車の下をさがし、一旦もう居ないと云ったのに、あとでワーッとときの声をあげて野原の方に追って行った。居たと云う人、居なかったと云う人。不明、然し、この下でバク発する・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・ 一面紫色にかすみわたる黎明の薄光が、いつか見えない端し端しから明るんで、地は地の色を草は草自身の色をとり戻すように、彼女の周囲のあらゆる事物は、まったく「いつの間にか」彼等自身の色と形とをもって、ありのまま彼女の前に現われるようになっ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫