・・・それにもかかわらず、全般的に女が置かれている社会的な地位が低いことは、家庭の中にも現れて、良人、子供のために身を削る労苦多い妻、母としての毎日の生活が女に与えられている。「子は三界の首っ枷」という俗間の言葉は、日本の従来の家庭の内部をまこと・・・ 宮本百合子 「子供のために書く母たち」
・・・もし健康に自信のない妻であるならば、共稼ぎと主婦の労苦を二重に負って病気したとき、その不安は誰が分担してくれるであろう。 すべての人民は働く権利がある、ということが男女差別の扱いなく行われ、すべての働いて生きる者は必要な社会保険によって・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・働いて娘と暮しているつましい若い母が、一ヵ月の労苦のかたまりである月給を入れたまま財布を失った事件がかかれていた。若い母親のつとめさきである下町の時計問屋の生活の内部の情景、困難や災難にも明るさを失うまいとして娘と生きたたかっている妻、母の・・・ 宮本百合子 「壺井栄作品集『暦』解説」
・・・彼女は、娘の時は父の為、成長してからは不平満々な良人の為、母となっては、数多い子供達の為に、自分のあらゆる希望要求を犠牲にしつくし、いつもおどおど労苦の絶えない女性でした。ロザリーが物心づいて第一に感じたのは、男の人と云うものは何と云う偉い・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・浮世の辛酸をなめ、民衆としての苦労をした人々を、所謂貧すれば鈍する的事情から立たしめて、その辛酸と労苦との社会的意義を自覚させたのは何の力であったろうか。そして、その辛酸と労苦との意義を語ることに確信を与え、新たなる文学の実質としてその歴史・・・ 宮本百合子 「文学の大衆化論について」
・・・だが、農民は一年の労苦を傾けて、それを生産した者である。供出したがらないのは、したがらない理由がある。それにもかかわらず、農村の生産必需品の原料ともなる物資は、いくらかくしておいても罪にならず、ただ買い上げられる丈で米を自分でこしらえる農民・・・ 宮本百合子 「モラトリアム質疑」
・・・人民大衆は、命に代えた労苦や、はかない僥倖によっていくらか蓄積した貯金を、今日そのような勢いで消耗しつつある。そういう人民大衆が最も直接に最も容赦なく戦時利得税にしろ、財産税にしろ支払わされる立場になっている。……しかも、その金の行方は実際・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・ お佐代さんは夫に仕えて労苦を辞せなかった。そしてその報酬には何物をも要求しなかった。ただに服飾の粗に甘んじたばかりではない。立派な第宅におりたいとも言わず、結構な調度を使いたいとも言わず、うまい物を食べたがりも、面白い物を見たがりもし・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫