・・・が、都のものではございません。若狭の国府の侍でございます。名は金沢の武弘、年は二十六歳でございました。いえ、優しい気立でございますから、遺恨なぞ受ける筈はございません。 娘でございますか? 娘の名は真砂、年は十九歳でございます。これは男・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・ 座敷は二階で、だだっ広い、人気の少ないさみしい家で、夕餉もさびしゅうございました。 若狭鰈――大すきですが、それが附木のように凍っています――白子魚乾、切干大根の酢、椀はまた白子魚乾に、とろろ昆布の吸もの――しかし、何となく可懐く・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・筒井氏の調査によると、冬季降雪の多い区域が、若狭越前から、近江の北半へ突き出て、V字形をなしている。そして、その最も南の先端が、美濃、近江、伊勢三国の境のへんまで来ているのである。従って、伊吹山は、この区域の東の境の内側にはいっているが、そ・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・河内路や東風吹き送る巫女が袖雉鳴くや草の武蔵の八平氏三河なる八橋も近き田植かな楊州の津も見えそめて雲の峰夏山や通ひなれたる若狭人狐火やいづこ河内の麦畠しのゝめや露を近江の麻畠初汐や朝日の中に伊豆相模大・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・簑田は曾祖父和泉と申す者相良遠江守殿の家老にて、主とともに陣亡し、祖父若狭、父牛之助流浪せしに、平七は三斎公に五百石にて召し出されしものに候。平七は二十三歳にて切腹し、小姓磯部長五郎介錯いたし候。小野は丹後国にて祖父今安太郎左衛門の代に召し・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・下請宿は若狭屋亀吉である。表小使亀蔵が部屋を改めて見れば、山本の外四人の金部屋役人に、それぞれ宛てた封書があって、中は皆白紙である。 察するに亀蔵は、早晩泊番の中の誰かを殺して金を盗もうと、兼て謀っていたのであろう。奥羽その外の凶歉のた・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・宮崎は越中、能登、越前、若狭の津々浦々を売り歩いたのである。 しかし二人がおさないのに、体もか弱く見えるので、なかなか買おうと言うものがない。たまに買い手があっても、値段の相談が調わない。宮崎は次第に機嫌を損じて、「いつまでも泣くか」と・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫