・・・何、あの女と別れるくらいは、別に何とも思ってはいません。が、わたしは出来る限り、あの女の教育に尽して来ました。どうか何事にも理解の届いた、趣味の広い女に仕立ててやりたい、――そういう希望を持っていたのです。それだけに今度はがっかりしました。・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・ 彼は僕と別れる前にしみじみこんなことを言ったものだった。 三 彼は生憎希望通りに従軍することは出来なかった。が、一度ロンドンへ帰った後、二三年ぶりに日本に住むことになった。しかし僕等は、――少くとも僕はい・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・その途端につき当りの風景は、忽ち両側へ分かれるように、ずんずん目の前へ展開して来る。顔に当る薄暮の風、足の下に躍るトロッコの動揺、――良平は殆ど有頂天になった。 しかしトロッコは二三分の後、もうもとの終点に止まっていた。「さあ、もう・・・ 芥川竜之介 「トロッコ」
・・・それにしてもおまえのようなよい友だちと別れるのは悲しい」とおっしゃいました。燕はこれを聞いてなんとも言えないここちになりまして、いっそ王子の肩で寒さにこごえて死んでしまおうかとも思いながらしおしおとして御返事もしないでいますと、だれか二人王・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・おまえと別れるのは俺たち全くつらいや。だからおまえの額に一度だけみんなで接吻するのを許しておくれ。なあ戸部いいだろう。戸部 よし、一度限り許してやる。花田 ともちゃんさよなら。とも子 さよなら花田さん。沢本 俺はまあや・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ 九歳十歳ばかりのその小児は、雪下駄、竹草履、それは雪の凍てた時、こんな晩には、柄にもない高足駄さえ穿いていたのに、転びもしないで、しかも遊びに更けた正月の夜の十二時過ぎなど、近所の友だちにも別れると、ただ一人で、白い社の広い境内も抜け・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・「よく、汝、別れることが出来たな。」「詮方がないからです。」「なぜ、詮方がない。うむ。」 お通はこれが答をせで、懐中に手を差入れて一通の書を取出し、良人の前に繰広げて、両手を膝に正してき。尉官は右手を差伸し、身近に行燈を引寄・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・やがて自分は路傍の人と別れるように、その荒廃の跡を見捨てて去った。水を恐れて連夜眠れなかった自分と、今の平気な自分と、何の為にしかるかを考えもしなかった。 家族の逃げて行った二階は七畳ばかりの一室であった。その家の人々の外に他よりも四、・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ただ急に別れるが悲しさに、われ識らずこの不束を演じたのだ。 もとから気の優しい省作は、おはまの心根を察してやれば不愍で不愍で堪らない。さりとておとよにあられもない疑いをかけられるも苦しいから、「おとよさん決して疑ってくれな、おはまに・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・第九輯巻四十九以下は全篇の結末を着けるためであるから勢いダレる気味があって往々閑却されるが、例えば信乃が故主成氏の俘われを釈かれて国へ帰るを送っていよいよ明日は別れるという前夕、故主に謁して折からのそぼ降る雨の徒々を慰めつつ改めて宝剣を献じ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
出典:青空文庫