・・・手前隣りの低地には、杉林に接してポプラやアカシヤの喬木がもくもくと灰色の細枝を空に向けている。右隣りの畠を隔てて家主の茅屋根が見られた。 雪庇いの筵やら菰やらが汚ならしく家のまわりにぶら下って、刈りこまない粗葺きの茅屋根は朽って凹凸にな・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・表門の柵のところはアカシヤが植えてあって、その辺には小使の音吉が腰を曲めながら、庭を掃いていた。一里も二里もあるところから通うという近在の生徒などは草鞋穿でやって来た。 まだ時が早くて、高瀬は先生の室を見る暇があった。教室の上にある二階・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・公園の蓮池を前に、桜やアカシヤが影を落している静かな一隅が、お三輪の目ざして行ったところだ。葦簾で囲った休茶屋の横手には、人目をひくような新しい食堂らしい旗も出ている。それには、池に近い位置に因んで「池の茶屋」とした文字もあらわしてある。お・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・殊にそのころ、モリーオ市では競馬場を植物園に拵え直すというので、その景色のいいまわりにアカシヤを植え込んだ広い地面が、切符売場や信号所の建物のついたまま、わたくしどもの役所の方へまわって来たものですから、わたくしはすぐ宿直という名前で月賦で・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・長くしなしなして、ちょっとの風にも物思わしげに揺れたり屈んだり伸びたりするアカシヤの並木がチェホフの書斎の伊太利窓から見える。花壺の中の緑の仙人掌が庭にある。遠くの海に艦隊がきた。鼻眼鏡をつけ顎に髯のあるチェホフが、独身暮しの医者が、双眼鏡・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
出典:青空文庫