・・・と、少し舌のもつれるような低音で尻下がりのアクセントで呼びありくのであった。舌がもつれるので「山オコゼは」が「ヤバオゴゼバ」とも聞こえるような気がした。とにかく、この山男の身辺にはなんとなく一種神秘の雰囲気が揺曳しているように思われて、当時・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
・・・の揚げ句に終わる芭蕉のパートにはいったいにピッチの高いアクセントの強い句が目に立つ。これに相和する野坡のパートにはほとんど常に低音で弱い感じが支配しているように思われる。「家普請を春のてすきにとり付いて」の静かな低音の次に「上のたよりにあが・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・学生たちがそれをまた神棚から引きおろそうとして躍起になると、そのうち小野がだしぬけに“ハーイ”と、熊本弁独特のアクセントでひっぱりながらいう。「ハーイ、わしがおふくろは専売局の便所掃除でござります。どうせ身分がちごうけん、考えもちがいま・・・ 徳永直 「白い道」
・・・とワのところにアクセントをつけ車窓の下を呼んで通った。婆さんは、呆然と、その駅夫の開いたりしまったりする口だけを見た。「大宮ですか」「ええ……」「大きいステーションでござんすねえ」「次の次が白岡ですよ」「さよですか――ど・・・ 宮本百合子 「一隅」
・・・服装についてセンスというのは、ただ単純に配色、アクセントなどについてだけ語られるものだろうか。そうは思えない。やつれた体に粉飾してアクセントをつけたとして、それがよいセンスだろうか。美しさの基本に私たちは健康をもとめる。健康な体に、目的にか・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ 買いと云う字に妙なアクセントをつけながら、笑顔とともに遠慮深く、一級の売ものをすすめているのだ。 見ていると――ほら、一人の鳥打帽の男が不自然な弧を描いて、一層低く彼の上に傾いた白羽毛飾の傍からどいた。次の通行人に頼んでいる。頼ま・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・けれども、彼女達の話すアクセントを一度きいたら 彼女達の踵にはどんなに田舎の泥がしみ込んで居るか。敏捷とか 医学的教養とかからはどんなに遠い婆さん達であるかを感じるだろう。 故に、病院へ入ってもモスクに於て、病人は決して聖ルカに於てのよ・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・れのところにアクセントをつけて運転「準ちゃんです」「へえ、のってんのは」「獣医です」「牛でも病気になったんだろうか」「馬です」「馬も居るの」「馬や牛かってるんです」「ふーむ、馬や牛より木を植える方がいいや、第・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・そういう点で、ふだん着とはちがう感情のアクセントがあってもわるくないものだろう。 日本服だと、着こなしが云われて、その人としてのスタイルというところまでなかなか表現されていないことも、私たちに女の生活の一般化された平面さを考えさせる。年・・・ 宮本百合子 「働くために」
・・・ことに私は、今振り返ってみると、日本人らしい accent で彼の思想感情を発音したように感じる。それにはギリシア及びキリスト教文明の教養の乏しいことも原因となっているに相違ない。しかしなお他に動かし難い必然がありはしないか。 私は近ご・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
出典:青空文庫