・・・「具合はどうかね?」「おかげ様で大変いゝんです。」「アメリカの軍人ですか?」「いゝえ、あっしや、機械工なんで。」…… 最後にジミーは、一人のボルシェビイキの猶太人からリーフレットを受取って、それを二日のうちに全部まいてし・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・ ころげそうになる娘を支えて、アメリカ兵は靴のつまさきに注意を集中して丘を下った。娘の外套は、メリケン兵の膝頭でひら/\ひるがえった。街へあいびきに出かけているのだ。娘は、三カ月ほど、日本兵が手をつけようと骨を折った。それを、あとからき・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・杉村楚人冠は、わたくしにたわむれて、「君も先年アメリカへの往きか返りかに船のなかででも死んだら、えらいもんだったがなァ」といった。彼の言は、戯言である。けれども、実際わたくしとしては、その当時が死すべきときであったかも知れぬ。死に所をえなか・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
一 むかし、アメリカの或小さな町に、人のいい、はたらきものの肉屋がいました。冬の半の或寒い朝のことでした。外は、ひどい風が雨を横なぐりにふきつけて、びゅうびゅうあれつづけています。人々は、こうもりのえに・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・また頭が悪いせいか、人見知りをしないたちなので、おかみさんにも笑いかけたりして、私がおかみさんのかわりに、おかみさんの家の配給物をとりに行ってあげている留守にも、おかみさんからアメリカの罐詰の殻を、おもちゃ代りにもらって、それを叩いたりころ・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・聞いてみると、これもやはりアメリカの人たちの指導のおかげか、戦前、戦時中のあの野暮ったさは幾分消えて、なんと、なかなか賑やかなもので、突如として教会の鐘のごときものが鳴り出したり、琴の音が響いて来たり、また間断無く外国古典名曲のレコード、ど・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・ アメリカのスロッソンという新聞記者のかいた書物の口絵にある写真はちょっとちがった感じを与える。どこか皮肉な、今にも例の人を笑わせる顔をしそうなところがある。また最近にタイムス週刊の画報に出た、彼がキングス・カレッジで講演をしている横顔・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・広告びらの版画でも絵がよければ芸術であり、アメリカ人が高い金を出して買うのであるが。 彫刻部の列品は、もしか貰ったらさぞや困ることだろうと思うものが大部分であるが、工芸品の部には、もし沢山に金があったら買いたいと思うものが少しはある。・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・「ハワイって、外国かい?」 一緒に歩きながら、私達はよくハワイの話をした。林のお父さんも、お母さんもまだそこで大きな商店をやってるということだった。「アメリカさ、太平洋の真ン中にあるよ」 フーン、と私は返辞する。地図で習った・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・蒼白いガスの灯と澄み渡った夜の空との光の中に、樹木の幹は如何に勢よく、屈曲自在なる太い線の美を誇っていたであろう。アメリカの曠野に立つ樫フランスの街道に並ぶ白楊樹地中海の岸辺に見られる橄欖の樹が、それぞれの姿によってそれぞれの国土に特種の風・・・ 永井荷風 「霊廟」
出典:青空文庫