・・・最っと油濃く執拗く腸の底までアルコールに爛らして腹の中から火が燃え立つまでになり得ない。モウパスサンは狂人になった。ニーチェも狂人になった。日本の文人は好い加減な処で忽ち人生の見巧者となり通人となって了って、底力の無い声で咏嘆したり冷罵した・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・夜、宿へつくとくたくたに疲れていたので、寺田は女中にアルコールを貰ってメタボリンを注射した。一代が死んだ当座寺田は一代の想い出と嫉妬に悩まされて、眠れぬ夜が続いた。ある夜ふとロンパンの使い残りがあったことを想い出した。寺田は不眠の辛さに堪え・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ 一滴でもアルコールがはいったら最後、あなたはへべれけになるまで承知しないんだから折角ひっくくって来たんだから、こっちはあくまで強気で行くよ。その代り、原稿が出来たら、生ビールでござれ、菊正でござれ、御意のままだ。さア、書いた、書いた」・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・失明したというのは、実はメチルアルコールを飲み過ぎたのだ。やにが出て、眼がかすんだ。が、そのやにを拭きながら、やはり好きなアルコールをやめなかった。自分でも悪いと思っていたのだろう。だから自虐的に、武田麟太郎失明せりなどというデマを飛ばして・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・毛穴から火が吹きだすほどの熱、ぬらぬらしたリパード質に包まれた結核菌がアルコール漬の三月仔のような不気味な恰好で肝臓のなかに蠢いているだろう音、そういうものを感ずるだけではない。これから歩かねばならないアパートまで十町の夜更けの道のいやな暗・・・ 織田作之助 「道」
・・・秋田産のその美酒は、アルコール度もなかなか高いようであった。「岡島さんは、見えないようだね。」 と、常連の中の誰かが言った。「いや、岡島さんの家はね、きのうの空襲で丸焼けになったんです。」「それじゃあ、来られない。気の毒だね・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・ 秩序ある生活と、アルコールやニコチンを抜いた清潔なからだを純白のシーツに横たえる事とを、いつも念願にしていながら、私は薄汚い泥酔者として場末の露地をうろつきまわっていたのである。なぜ、そのような結果になってしまうのだろう。それを今ここ・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・ 清酒と同様に綺麗に澄んでいて、清酒よりも更に濃い琥珀色で、アルコール度もかなり強いように思われた。「優秀でしょう?」「うむ。優秀だ。地方文化あなどるべからずだ。」「それから、先生、これが何だかわかりますか?」 青年は持・・・ 太宰治 「母」
・・・僕だって知ってるよ、これは薬用アルコールに水を割っただけのものさ。しかしだね、僕にこれをサントリイウイスキイだと言って百五十円でゆずってくれた人は、だ、いいかね、そのひとは、この村の酒飲みのさる漁師だが、このひと自身も、これをサントリイウイ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・たとえばビーカーをアルコールランプで下から熱すると水蒸気が出てそれがビーカーの外側にあたって冷却され、水粒がビーカーに附着する。これを見て児童はどうして出来るかと質問したときに、教師がそれをいいかげんに答えるのはいうまでもなく悪いが、これを・・・ 寺田寅彦 「研究的態度の養成」
出典:青空文庫