・・・オリジナルは児童用の粗末な藁紙ノートブックに当時丸善で売っていた舶来の青黒インキで書いたものだそうであるが、それが変色してセピアがかった墨色になっている。その原稿と色や感じのよく似た雁皮鳥の子紙に印刷したものを一枚一枚左側ページに貼付してそ・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・一度鉛筆で直したのを、あとで、インキでちゃんと書き入れて、そうして最後に消しゴムですっかり鉛筆を消し取って、そのちりを払うことまで先生がやられるので、こっちではかえってすっかり恐縮してしまって、「私やりますから」と言っても、平気ですみからす・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・セピアのインキで細かく書いたノートがいつも机上にあった。鈴木三重吉君自画の横顔の影法師が壁にはってあったこともある。だれかからもらったキュラソーのびんの形と色を愛しながら、これは杉の葉のにおいをつけた酒だよと言って飲まされたことを思い出すの・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・ 刑事が小卓のコップのそばにあった紙袋を取り上げて調べているのをのぞいて見たら、袋紙には赤インキの下手な字で「ベロナール」と書いてあった。呼び出されたボーイの証言によると、昨夜この催眠薬を買って来いというので、一度買って帰ったが、もっと・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・卒業してからはペンとインキとそれから月給の足らないのと婆さんの苦情でやはり死ぬと云う事を考える暇がなかった。人間は死ぬ者だとはいかに呑気な余でも承知しておったに相違ないが、実際余も死ぬものだと感じたのは今夜が生れて以来始めてである。夜と云う・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫