・・・生れて、はじめて、自愛という言葉の真意を知った。エゴイズムは、雲散霧消している。 やさしさだけが残った。このやさしさは、ただものでない。ばか正直だけが残った。これも、ただものでない。こんなことを言っている、おめでたさ、これも、ただもので・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・これは、おれの最後のエゴイズムだ。倫理は、おれは、こらえることができる。感覚が、たまらぬのだ。とてもがまんができぬのだ。 笑いの波がわっと館内にひろがった。嘉七は、かず枝に目くばせして外に出た。「水上に行こう、ね。」その前のとしのひ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・かれには、訪問客たちの卑屈にゆがめられているエゴイズムや、刹那主義的な奇妙な虚栄を非難したい気持ちはなかった。すべては弱さから、と解していた。この人たちは皆、自分の愛情の深さを持てあまし、そうして世間的には弱くて不器用なので、どこにも他に行・・・ 太宰治 「花燭」
・・・私は、それをたどって行き、家庭のエゴイズム、とでもいうべき陰鬱な観念に突き当り、そうして、とうとう、次のような、おそろしい結論を得たのである。 曰く、家庭の幸福は諸悪の本。 太宰治 「家庭の幸福」
・・・その仙台平なるものの思い出を大事にして、無闇に外に出して粗末にされたくないエゴイズムも在るようだ。「セルのが、あります。」「あれは、いけない。あれをはいて歩くと、僕は活動の弁士みたいに見える。もう、よごれて、用いられない。」「けさ、・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・ 家庭のエゴイズムである。 それが結局の祈りである。私は、あの者たちに、あざむかれたと思っている。ゲスな言い方をするけれども、妻子が可愛いだけじゃねえか。 私は、或る「老大家」の小説を読んでみた。何のことはない、周囲のごひいきの・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・浅墓な、つめたい、むごい、エゴイズムさ。生活のための仕事にだけ、愛情があるのだ。陋巷の、つつましく、なつかしい愛情があるのだ。そんな申しわけを呟きながら、笠井さんは、ずいぶん乱暴な、でたらめな作品を、眼をつぶって書き殴っては、発表した。生活・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ そういう生活の感情をエゴイズムといわれればその娘さんは納得できまいと思う。何も自分が楽をしたいからだけ腹立てているのではない。そういう行為の無責任さが不愉快なのだというだろうと思う。それももっともではあるし、社会的にその若者が一つの無・・・ 宮本百合子 「女の自分」
・・・粗暴であった夫がやさしい夫となる、その動機に、エゴイズムがあるかないか、主人公は考えてみてよい。 「終りなき調べ」 米田鉄美 多勢ひとの集る療養所に、たまたまこの作品のような偶然もあるかもしれない。作者はそのめずらしい偶然をロマ・・・ 宮本百合子 「『健康会議』創作選評」
・・・若い生きる力は、そういう我知らぬエゴイズムに満ちるときもあるのだ。 初めの結婚をしたのは二十一歳で、五六年その生活がつづいた。ずっと年上であった相手のひとが、もう生活にくたびれかけていて、結婚生活ではひたすら安穏に、平和に順調な年から年・・・ 宮本百合子 「青春」
出典:青空文庫