・・・ それは彼の目のあたりに彼のカリカチュアを見たかったからである。わたしはよく承知している。銃を抱いたロビンソンはぼろぼろのズボンの膝をかかえながら、いつも猿を眺めてはもの凄い微笑を浮かべていた。鉛色の顔をしかめたまま、憂鬱に空を見上げた猿を・・・ 芥川竜之介 「三つのなぜ」
・・・ 鳥羽僧正の鳥獣戯画なども当時のスポーツやいろいろの享楽生活のカリカチュアと思って見ればこの僧正はやはり一種のカメラをさげて歩いた一人であったかもしれない。この僧正にアメリカ野球選手との試合を記録させなかったのは残念である。 新東京・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・これを極端までもって行くとカリカチュアが一番正確な肖像画になる勘定である。 これに聯関して思い合わされることは、人の容貌の肖似ということについての人々の考えの異同である。例えば、甲某の眼にはA某とB某とが、よく似ているように見える。・・・ 寺田寅彦 「観点と距離」
・・・あるいはその点に行くとかえって日本画の似顔とかあるいは漫画のカリカチュアのほうが見込みがありそうに思われた。それほどではなくてもまつ毛一本も見残さずかいた、金属製の顔にエナメルを塗ったような堅い堅い肖像よりは、後期印象派以後の妙な顔のほうが・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・ 一方で高倉テル氏をつかまえ自由を剥奪し、ハンストを行わせるまでにしながらかくすよりあらわるるはなしで、こんなくだらないことでこれほど民自党を周章狼狽させた泉山蔵相は現代のカリカチュアです。 山下春江代議士の日ごろの態度にもすきがあ・・・ 宮本百合子 「泉山問題について」
・・・ 知られているとおり、フランスのロマンチスト達は、人類の大きい理想をめざして闘われた筈の大革命が、ブルジョア階級の擡頭によって、成上り者の専断、金銭万能の社会となった現実の「若き失望のカリカチュア」に反撥して、芸術運動の中に、ブルジョア・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・心理は鋭く、描写はカリカチュアに近いほど鮮やかである。しかも彼の心理観察の周密は常に描写のカリカチュアに堕するのを救う。従って彼の描写は簡素の限度だと言う事もできる。 ストリンドベルヒの頭は恐ろしくよい。ゾラの頭はきわめて平凡である。・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫