・・・僕は隅のテエブルに坐り、ココアを一杯註文した。テエブルにかけたオイル・クロオスは白地に細い青の線を荒い格子に引いたものだった。しかしもう隅々には薄汚いカンヴァスを露していた。僕は膠臭いココアを飲みながら、人げのないカッフェの中を見まわした。・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ところが、その三原山行きの糧食としてN先生が青木堂で買って持って行ったバン・フーテンのココア、それからプチ・ポアの罐詰やコーンド・ビーフのことを思い出したので、やっとそれが明治四十二年すなわち自分の外国留学よりは以前のことであって帰朝後では・・・ 寺田寅彦 「詩と官能」
・・・「朝 ヌク飯三ワン 佃煮 梅干 牛乳一合ココア入リぐようなあさましい人間の寄り合いを尋ね歩いて、ちぐはぐな心の調律をして回るような人はないものであろうか。 物語に伝えられた最明寺時頼や講談に読まれる水戸黄門は、おそらく自分では一種の・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・ 辻馬車が、国営衣服裁縫所製のココア色レイン・コートを幾枚も束にして膝へ抱え込んでいる若者をのせてやって来た。まいたように人の姿が黒く広場の反対のはずれに現れ、いそがしそうに各方面に散らばった。広場の上ではひとりでに大きい星形を描いて通・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫