・・・ こちら側のシグナルの柱の下には鉄道工夫が二三人、小さい焚火を囲んでいた。黄いろい炎をあげた焚火は光も煙も放たなかった。それだけにいかにも寒そうだった。工夫の一人はその焚火に半ズボンの尻を炙っていた。 保吉は踏切りを通り越しにかかっ・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・もしわれわれ人間にこの半分の能力があれば、銀座の四つ角で自動車電車の行き違う間を、巡査やシグナルの助けを借りずとも自由自在に通過することができるにちがいない。しかし人間にはシグナルがあり法律があり道徳があるために鳥獣の敏活さがなくても安心し・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・もし吾々人間にこの半分の能力があれば、銀座の四つ角で自動車電車の行き違う間を、巡査やシグナルの助けを借りずとも自由自在に通過することが出来るにちがいない。しかし人間にはシグナルがあり法律があり道徳があるために鳥獣の敏活さがなくても安心して生・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・ 弛緩の極限を表象するような大きな欠伸をしたときに車が急に止まって前面の空中の黄色いシグナルがパッと赤色に変った。これも赤のあとには青が出、青のあとにはまた赤が出るのである。 これを書き終った日の夕刊第一頁に「紛糾せる予算問題。・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・ 早くも、シグナルの緑の燈と、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄のほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ そこで軽便鉄道づきの電信柱どもは、やっと安心したように、ぶんぶんとうなり、シグナルの柱はかたんと白い腕木を上げました。このまっすぐなシグナルの柱は、シグナレスでした。 シグナレスはほっと小さなため息をついて空を見上げました。空には・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・ とつぜん、右手のシグナルばしらが、がたんとからだをゆすぶって、上の白い横木を斜めに下の方へぶらさげました。これはべつだん不思議でもなんでもありません。 つまりシグナルがさがったというだけのことです。一晩に十四回もあることなのです。・・・ 宮沢賢治 「月夜のでんしんばしら」
・・・ 永い間徐行し、シグナルの赤や緑の色が見える構内で一度とまり、そろそろ列車はウラジヴォストクのプラットフォームへ入った。空の荷物運搬車が凍ったコンクリートの上にある。二人か三人の駅員が、眠げにカンテラをふって歩いて来た。 ――誰も出・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・かつて日本人民の運命が東條政府によって破滅に向って狩り立てられはじめたとき、文学が文学でなくなってゆくとき、その第一のシグナルとしてかかげられたものは何であったかを。それは批評の精神の抹殺であった。十五年の昔、素朴であり、ある意味では観念的・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・白い煙、黒い煙。シグナル。供水作業。実に面白くて帰りたくなるときがなかった。 その間に、ついて来ていた大人は何をしていたのだったろう。誰がついて来たかは覚えていないが、やがて弁当をひらいて、小さい握飯をたべた。 それは正午と限ったこ・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
出典:青空文庫