・・・あの男が、はたち前後だとすると、その母のとしは、そりゃそうかも知れぬ、その筈だ、不思議は無い、とは思ったものの、しかし、三十八は隣室の私にとっても、ショックであった。「…………」 とでも書かなければならぬように、果して女は黙ってしま・・・ 太宰治 「母」
・・・私のところでは、母が十日ほど前に、或るいやな事件のショックのために卒倒して、それからずっと寝込んで、あたしが看病してあげていますけど、久し振りであたしは、何だか張り合いを感じています。あたしはこの母を、あたしの命よりも愛しています。そうして・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・気分的なもの、感傷的なものなど、まるでないのが、三吉にはショックだった。「きみ――」 やがて、三吉だけがさきに帰ろうとして、梯子段をおりかけると、おどり段まで、ふちなし眼鏡がでてきた。「――きみ、一度東京へ出てみたらいいな」・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ Whir―whir―whir―whir!Queen Anne laid her white throat upon the block,Quietly waiting the fatal shock;The axe it s・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・ロンドンの東と西にある階級のちがい、生活のちがいが、同じイギリス人とよばれる人々の人生をはっきり二分していて、まったく別のものにしている現実をまざまざと目撃して、わたしは深いショックをうけた。ジャック・ロンドンが「奈落の人々」というルポルタ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第八巻)」
・・・微かなショックに似たものをさえ、私は胸の辺に覚えた。 今朝目を牽いた床の間の粟の理由も自ら明かになった。餌壺は、恐らく昨晩のうち、僅かの選屑と、なかみを割って食べた殼ばかりになって居たのだろう。二時迄机に向って居なければならなかった私共・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・ けれども、その某博士が逝去されたという文字を見た瞬間、自分の胸を打ったものは、真個のショックでした。 どうしようという感じが、言葉に纏まらない以前の動顛でした。 私は、二度も三度も、新聞の記事を繰返して読みながら、台所に立った・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・白手袋をはめたエリザベスの両手は、ショックにたえている表情でかたく握りあわされ、おのずと倒れている同性に視線の注がれている彼女の顔じゅうには、そのような事態を遺憾とするまじめさがたたえられている。しかし、閲兵する王女としての足どりは乱れず、・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・年齢的にもむずかしいのだろうし、何か感情の上へショックを受けたことがあるのではないか、という気もします。率直なようだが、事実は決してそうでないから、苦悩の原因が誰れにもわからない。そういう状態の時、人はすべてを沈黙のうちに自分の力で整理する・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・法隆寺の火事で壁画が滅茶滅茶にされたことは、人々に何となし生命あるものの蒙った虐待を感じさせ、ショックは大きく波紋をひろげた。更にこの法隆寺の火事からは、思いがけない毒まんじゅうがころげ出し、責任者である僧は、留置場でくびをつりそこなった。・・・ 宮本百合子 「国宝」
出典:青空文庫