・・・白いシーツのように見えていたのがそれで、静かに立ち騰っている煙は男がベッドで燻らしている葉巻の煙なんです。その男はそのときどんなことを思ったかというと、これはいかにも古都ウィーンだ、そしていま自分は長い旅の末にやっとその古い都へやって来たの・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ 秩序ある生活と、アルコールやニコチンを抜いた清潔なからだを純白のシーツに横たえる事とを、いつも念願にしていながら、私は薄汚い泥酔者として場末の露地をうろつきまわっていたのである。なぜ、そのような結果になってしまうのだろう。それを今ここ・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・家主がマルクス一家のシーツからハンカチーフ迄差押え、子供のおもちゃから着物まで差押えたときくと、あわてた薬屋、パン屋、肉屋、牛乳屋が勘定書を持って押かけて来た。その支払いのためには残らずのベッドが売られなければならなかった。二三百人もの彌次・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ 夜ふけのローソク スエ子が、 ふっとふき消した、のにベッドのシーツのところが一部分白く、硝子もあかるく見えている。月がさしているようで、雨の音がしているのに 思わず目を上へやって見る、すると黒い幕を下からスッと・・・ 宮本百合子 「心持について」
・・・ 美味いボルシチと久しぶりでの清潔なシーツとともに、それらを欲した。家具のにかわまでたべたソヴェト市民に、それらを欲する権利がなかったとでもいうのだろうか。 すべてのアクティヴな作家は、前線に、また前線に近い銃後に赴いて、彼らの文学的記・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・「西洋洗濯から取って来たシーツはここに入れてね、 肌襦袢に糊をつけたのはおきらいなんですよ。」 寝部屋からそんな事を云って居るのが聞える事もあった。 食事の時なんかに千世子の好きなものとそうでないものとを教えて居るのなんかを・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・どれも真新しいシーツにおおわれ、いざと云えば直ぐ役に立つように出来ている。入ったところの寝台へ一人若い女が白い産院の服を着て臥ている。痛む最中と見え、唸って、医員の手をつかまえ、自分の手までひきよせた。「苦しいんですよ。――私死ぬんじゃ・・・ 宮本百合子 「モスクワ日記から」
・・・壁だと思っていた鏡板が動き出して、大きい大きい貝がらのように開いて床から一定の高さに落着いたら、それはダブル・ベッドでした。シーツも枕もかけものも、みんなそっくりそのまま入れたままになっています。びっくりして見ている目の前で、可笑しい手品を・・・ 宮本百合子 「よろこびの挨拶」
出典:青空文庫