・・・そうすると翌朝彼の起きない前に下女がやってきて、家の主人が起きる前にストーブに火をたきつけようと思って、ご承知のとおり西洋では紙をコッパの代りに用いてクベますから、何か好い反古はないかと思って調べたところが机の前に書いたものがだいぶひろがっ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・また、あるものは、ストーブの火の中に投げ入れられました。またあるものは、泥濘の道の上に捨てられました。なんといっても子供らは、箱の中に入っている、飴チョコさえ食べればいいのです。そして、もう、空き箱などに用事がなかったからであります。こうし・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・ ある日おかよは、お嬢さまのおへやへ入ると、ストーブの火が燃えて、フリージアの花が香り、そのうちは、さながら春のようでした。そして、蓄音機は、静かに、鳴りひびいていました。しばらく、うっとりとして、彼女はお嬢さまのそばで、その音にききと・・・ 小川未明 「谷にうたう女」
・・・これはさかんにストーブがたいてあるからです。次に婦人席が目につきました。毛は肩にたれて、まっ白な花をさした少女やそのほか、なんとなく気恥ずかしくってよくは見えませんでした、ただ一様に清らかで美しいと感じました。高い天井、白い壁、その上ならず・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・元来この倶楽部は夜分人の集っていることは少ないので、ストーブの煙は平常も昼間ばかり立ちのぼっているのである。 然るに八時は先刻打っても人々は未だなかなか散じそうな様子も見えない。人力車が六台玄関の横に並んでいたが、車夫どもは皆な勝手の方・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ある時は、赤い貨車の中でストーブを焚き、一緒に顫えながら夜を明かしたこともあった。 彼等は、誰も、ものを云わなかった。毛布をかむって寝台からペンキの剥げたきたない天井を見た。 戦死者があると、いつも、もと坊主だった一人の兵卒が誦経を・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・そういうときに、清らかに明るい喫茶店にはいって、暖かいストーブのそばのマーブルのテーブルを前に腰かけてすする熱いコーヒーは、そういう夢幻的の空想を発酵させるに適したものである。 中学校で教わったナショナルリーダーの「マッチ売りの娘」の幻・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・昔は大きな火鉢に炭火を温かに焚いていたのが、今は煤けた筒形の妙なストーブのようなものが一つ室の真中に突立っていた。石を張った食卓は冷たくて、卓布も掛けず、もとより花も活けてなかった。 ボーイは居なかった。その代りに若い女ボーイが一人居た・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 病院の蒸気ストーブは数時間たつとだんだんに冷えて来る。冷えきったころにはまた前のような音がして再び送られて来る蒸気で暖められる。しかし昼間は、あの遠い所でする妙な音はいろいろな周囲の雑音に消されてしまうのか、ただすぐ自分の室のすみでガ・・・ 寺田寅彦 「病院の夜明けの物音」
・・・再び瓦斯ストーブに火をつけ、読み残した枕頭の書を取ってよみつづけると、興趣の加わるに従って、燈火は々として更にあかるくなったように思われ、柔に身を包む毛布はいよいよ暖に、そして降る雪のさらさらと音する響は静な夜を一層静にする。やがて夜も明け・・・ 永井荷風 「西瓜」
出典:青空文庫