・・・従って、文学における自然の範囲は、街頭、公園、近郊に多くとどまっており、あるいは通俗小説の場面としては落すことのできない近代スポーツの背景として北国の雪景、またはドライヴの描写としての京浜国道がとり入れられ、いずれにせよ、大部分享楽的消費的・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・書きこみのカードのすられている十一月一日の朝日も毎日も四ページで、大々的にスポーツをとりあげていた。月曜日にあたる日は四ページで、しかもスポーツを派手にあつかうその社のおきまりの企画なのだろうか。それとも、このごろのスポーツの流行にことよせ・・・ 宮本百合子 「主婦と新聞」
・・・ 現代のソヴェトに於て筋肉たくましい二百人の青年が、スポーツ・シャツと股引といういでたちで、徒に台の上に並んで腕組みをしたまま、勝手に跳ねる石油や石炭を傍観しているというような情景は、全く観客の共感をよびおこさない。むしろ腹立たしく思わ・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
わたしたちの生活の間で、国際的という言葉はこれまでどんな工合に使われて来ているだろうか。 日常の言葉として、国際的という表現をあまりつかわない人たちでも、スポーツの場合はごくすらりと、世界記録というつかみかたで、国際的・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
・・・ 男が五銭出して云うと、いかにもスポーツ好きらしい顔つきの急拵え車掌が、「のりかえは出さないんです」と云った。「どウして」 もう一人の車掌が応援にやって来て、「だから五銭です」と、答えにならぬような答えをした。・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・ 体育室の設備のよさは、プロレタリア・スポーツの誇りだ。 医務室がある。 法律相談所がある。 ゴルロフカの母親たちの便利も決して見落されてはいない。「母と子の室」。 あらゆる明るい部屋部屋にゴルロフカの炭坑労働者の男女の・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・苦々しいものが、めいめいの胸にのこされた。スポーツをスポーツとして朗らかに若者らしく愛すものの心に、或る憤りが生れた。四年後のオリンピックに、この民衆の真の感情がどのように反映し、生かされるであろうか。 私は一人の市民として、オリンピッ・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
・・・稽古事やスポーツは、上達だけが目的ではなくて、それを愉しくやっているというそのことのなかに本当の愉しさが在るのだという、生活を立体的にたのしむ術も、身につけられようとしている。 勤勉な日本の女性たちは、頭と体とを強壮にして、独特に複雑な・・・ 宮本百合子 「働く婦人の歌声」
・・・先頃もオリンピック熱に煽られた工場内のスポーツが女工を悲惨な死に陥れた話が書かれていた。 プロレタリア文学運動が、運動として退潮して後、民衆の生活を直接取り上げてゆく作家として加賀氏はプロレタリア文学の正当な要素の受け継ぎ手の一人である・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
・・・ 仮りに不幸とか幸福とか云う云いかたに従って現代を見れば、世界のありようとして、私たち誰もの生活に波瀾は避けがたく、もし現代の若い女性がスポーツの精神を理解すると云うならば、人生におけるフェア・プレイの美と、善戦とはいかなるものかという・・・ 宮本百合子 「フェア・プレイの悲喜」
出典:青空文庫